また風邪をひきました(ゴールデンウィークだというのに……)

―――ああ、高いな。

霜巨人フロスト・ジャイアントによって掴みあげられた少年。彼は場違いにもそんな感想を抱いた。いや、むしろ状況にふさわしいのかもしれないが。

高く掲げられた彼のいる高さは7メートルにも及ぶ。村のほとんどの建物を凌駕する高所であり、村全体を俯瞰できた。もし昼間であれば、斜面の下。大森林の様子も一望できたであろう。

もちろん少年は、見ることができないのを残念がるような精神状態になかった。

せめてもの抵抗で、手にした弓を敵の腕に叩きつける。毛むくじゃらなそこへと。

されど、相手は何の痛痒も感じていないようだった。

火炎武器ファイアウェポンの魔力が消え失せたわけではない。されど、弓に付与した術は矢を介してしか破壊力を発揮せぬのだ。術をかける際に少年が、これは矢を射出する事でダメージを与える武器と定義したのだった。おかげで矢の一本一本に術をかける必要はなかったが。

矢をつがえるのも不可能である。何故なら矢筒ごと掴まれているからだった。

噛みつかずにわざわざ掲げた、ということは、この巨人は己を地面に叩きつけるつもりなのだろう。間違いなく死ぬ。

少年は、己の性分を恨んだ。

あの場で逃げていれば死ぬことはなかったであろうに。生き延びるチャンスをみすみす逃したのだ。

―――彼女は悲しんでくれるだろうか。

ふと、脳裏をよぎった考え。恐らく、己の死を悼んでくれるだろう。それだけは、確かな事。

少年を掴んだ腕が、振り下ろされる。

勢いそのままに落下。地面に激突し、少年は即死する。

その、直前。

少年の肉体は激しい衝撃に見舞われた。宙に投げ出された彼が目にしたのは、足を砕かれ、跪く霜巨人フロスト・ジャイアント

そして、たった今。巨人の脛を破壊した、首のない女の姿だった。

彼女は手にした棍を投げ捨て前進すると、大地と少年との間に割り込み、ふんわりと衝撃を受け止めた。

抱きとめられた少年と、抱きとめた姫騎士。

ふたりの

「あ……」

女は少年をやんわりと大地に下ろすと、その傍らに落下していた弓を手に取った。更には、少年が腰に下げている矢筒から一本抜き取り、つがえ、振り向く。

その視線の先。起き上がりかけていた霜巨人フロスト・ジャイアントの顔面へ、矢が放たれた。

炎の魔力を帯びた一撃は見事命中。眼球を貫き、その奥にある脳すら破壊。即死させる。

恐るべき技量であった。

姫騎士は弓を少年へと返すと、投げ捨てた棍を拾い上げる。

反撃の時間だった。


  ◇


―――間に合ったか。

魔法の火矢によって焼死体となった巨人の傍ら。姫騎士は、少年を救えたことに安堵していた。

猟師たちに先行し、不眠不休で走って来たおかげだった。死者である姫騎士の速力は人間とは比べ物にならぬし、疲労もしない。今ばかりは己が死んでいることに感謝したいくらいだった。

周囲を見回す。使えそうなもの。家々。たった今倒したばかりの死体。遮蔽物は幾らでもある。何しろ敵からすれば自分たちはだ。せいぜい小人らしくちょこまかしてやるとしよう。

姫騎士は決断を下すと、少年と共に動き始めた。


  ◇


仲間が地響きを上げて倒れた。それも続けざまに二匹!

その光景を目にしていた霜巨人フロスト・ジャイアントの一体は怒りの咆哮を上げると行動に出た。

魔法の行使に取り掛かったのである。

敵の位置はここからでは見えぬ。家々が邪魔だった。だが、これから彼女が行使しようとする魔法にとっては問題ない。

呪句を唱え、印を切る。

万物に宿る諸霊へと助力を求める、力ある言葉が完成。魔法が発動した。

夜の闇。星明りに照らされた大地は暖かい。そんな気温が突如、下がった。たちまちのうちに氷点下を割り、大気中の水分が凝結。巨大な氷の塊となり、そして急激に気温が低下したことで行き場を失った熱エネルギー。その全てが、暴発した。

人の目にはそれは、渦巻く氷の嵐として認識されたであろう。

吹雪ブリザードの秘術。それは、少年と姫騎士を中心とした、直径10メートルもの空間を巻き込んで荒れ狂った。

術が効果を終了した時。そこに在った家々はボロボロになっていた。凄まじい威力の氷がぶつかり、破壊した結果だった。

あれを受ければひとたまりもなかろう。

安心した霜巨人フロスト・ジャイアントは、戦果を確認するべくそちらへ歩み寄った。

破壊された家々の隙間。仲間の死体が転がったそこを覗き込む。

―――いない?

ぞっとする。奴らは生きている。反撃が来る!

霜巨人フロスト・ジャイアントは、その場から逃れることができなかった。

突如として、足元の焼死体。仲間の巨人の屍が動いた。

いや。

その下に潜り込んでいた不死の怪物が飛び出したのだ、と気づいた時にはすでに、手遅れだった。

真横にフルスイングされたのは、巨大な骨の棍。それはただの一撃で霜巨人フロスト・ジャイアントの足首を砕き、転倒させるに至ったのである。

それで終わらない。

倒れた巨人の眼前。ボロボロに破壊された家屋の窓が、突如開いた。中から顔をのぞかせたのは、上半身裸になり、弓を構えた幼い少年。

彼が手にしていたのは、炎の魔力を宿した弓である。

彼は矢をつがえ、構えた。魔力は矢へと、そして放たれた。

外しようのない距離。

一撃が、霜巨人フロスト・ジャイアントの額に突き刺さる。

強烈な火炎が肉を焼いた。

それはたちまちのうちに頭部を覆う毛へと燃え広がる。

もはや消火など間に合いようがなかった。


―――GGGGYYYYYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?


霜巨人フロスト・ジャイアントは、苦しみ抜いた上で絶命した。

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