冷静に考えるとデュラハンを見て「助かった!」と思う人は二人目ではないか(一人目は老賢者)

「ぎゃぁぁぁああ!?」

少年は走っていた。地下迷宮の広い通路を、膨れ上がったずた袋片手に。

追っ手が殺到していたからである。手に手に棍棒を構えた小鬼ゴブリンどもだった。

うかうかしていれば全身の骨という骨を砕かれ、血の詰まった皮袋にされてしまうだろう。

だから、少年は必死で走る。

反撃の手段があればよいのだが、残念ながら石人形ロックゴォレムたちは壊れてしまった。姫騎士の生首を盗み出すべく潜入した宝物庫には、内部にも番兵がいたのだ。そいつらには合い言葉は通用せず、やむなく石人形どもをぶつけたところ相討ちとなった。もう少し長生きしていてくれれば今役立ったであろうに。残念である。

などと考えている間にも追手は増えてきた。


―――GUUUUUUUUUUUU……!


そして前方にも敵の姿を認めたとき、少年の顔から血の気が引いた。

巨鬼オーガァが立ちふさがっている!

もちろん少年には、あんなものを倒す術などない。だが退路もない。

覚悟を決めた少年は、唯一の活路。すなわち巨鬼オーガァの股の間に狙いを定めると、飛び込んだ。


  ◇


追われてくる少年を目にした巨鬼オーガァはニヤリとした。あの奴隷はそのうち食いたいと思っていたところだった。向こうからやってきてくれるとはありがたい。

生きがよいのも美味いが、取り敢えずは絞めておくか。

献立でも決めるかのような気楽さで、棍棒は振り下ろされた。

その瞬間、少年が盾としたのは抱えていたずた袋。

───そんなもので止まるはずもあるまい。

巨鬼オーガァの正直な感想だった。彼の体重は1トンに迫り、手にした棍棒は甲冑を身に付けた騎士ですら即死させる。耐えられる道理はない。

だが、魔法とは無理を押し通すわざだった。有り体に言えば、巨鬼オーガァの予測は楽観的にすぎたのだ。

ずた袋に接触する、まさにその瞬間。棍棒がする。

袋に収まった強力な呪いの力が、棍棒を阻んだ。死者すら生かす不死の魔力が、ずた袋の中身を脅かす一撃を防いだのである。

巨鬼オーガァの股の間をすり抜けていく少年。

その後から追ってきた小鬼ゴブリンどもは、少年ほど身軽ではなかった。巨鬼オーガァの巨体に阻まれ、動きが滞る。

この隙に、少年は、逃げおおせたのだった。


  ◇


────GURRRRRR……

────OOOOOOOOO……


闇の軍勢の根拠地たる地下迷宮。その中でも入り口に近い、広い空間には異様な熱気が満ちていた。闇の怪物たちが次々に武器を手に取り、忙しく走り回っていたからである。

折れた鼻に黄土色の肌の醜い小鬼ゴブリン。子供ほどの背丈にも関わらず邪悪な欲望に身をたぎらせ、下品な笑みを浮かべるこいつらは弓矢や錆び付いた槍で武装している。残酷さを発揮する機会を今か今かと待ちかまえているのだ。

そいつらを怒鳴り、監督しているのは大小鬼ホブゴブリン。これ見よがしに巨大な棍棒や鉈をぶら下げ、立派な体格を誇示している。

さらには巨鬼オーガァも。三メートルもの巨体では広間ですら狭そうである。この肉体を維持するためにどれほどの犠牲者が食われたのであろうか。想像するだけでも身の毛がよだった。

そして、彼ら闇の種族を束ねるのは闇の魔術師。闇のローブにフードで姿を隠した彼は、背骨が曲がっていた。相当の高齢であろう。

これより彼らは出陣するのだ。迫りつつある討伐隊。すなわち光の神々を信奉する人の類の軍勢を迎え撃つのである。

岩肌がむき出しとなった地下迷宮内は薄暗く、邪悪な気配が満ちていた。

「準備を急がせろ。日が昇る」

監督をしている大小鬼へと命じ、魔術師は壁に開いた横穴の奥へと向かった。そこに閉じこめている怪物の力が今回の戦には必要なのだ。

やがてたどり着いた先。鉄格子がはめられた横穴からは、異様な熱と臭気が漂い出ていた。

その前に控えているのは牢番の小鬼ども。魔術師は彼らへ、中の者を解放するよう命じた。

小鬼の一匹が、鍵を手に鉄格子へ近寄ったとたん。

中より、火炎が吹き出した。


───GYAAAAAA!?


高熱に飲み込まれた牢番は、たちどころに炭化。即死した。


───GURRRRRRRRRR……


そいつは、犬だった。人間をひと飲みに出来そうな頭部を3つも備え、漆黒の毛皮に身を包み、口から火を漏らしているこの魔獣の名を三頭獣ケルベロス。魔力の炎を帯びた地獄の番犬であった。

迫る敵勢は厄介ではあるが、この怪物ならば退けることが出来よう。

魔術師がその偉容を見上げているとき。

轟音が響き渡った。それも、地下深く。すなわち地下迷宮の奥底より、破壊音が響いたのである。

―――敵襲か?

魔術師の脳裏に浮かんだのはまず、そのこと。しかし早すぎる。敵勢はまだ遠いはずだった。その上、音がしたのは地下である。

「まさか」

宝物庫にしまっておいた品物を思い返す。あそこには不死の怪物は入れぬように結界を張ってあったはずだが、何らかの手段で裏をかいたとすれば。

たちどころに結論へ至った彼は、叫んだ。

首なし騎士デュラハンはどこだ!?」

既に、全ては動き出していた。

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