第六部 大森林編(主人公:少年、姫騎士)

第一話 姫騎士、死す

とうとう3文字の名前が枯渇した件(女○○系が)

「くっ!殺せ!!」

振り下ろされたのは、戦斧。

それは、姫騎士の首筋にめり込み、切断する。

転がった彼女が見たものは、硬い石畳の床。そして、首を失い、崩れ落ちた、つい先ほどまで己のものだった肉体。

―――ああ。綺麗だったんだな。

一糸まとわぬそれが汚されているのを哀しく思いつつ、姫騎士は、死んだ。


  ◇


───大丈夫だ。きっと。

通路を横切る巨鬼オーガァの脇を潜り抜けながら、少年は祈った。彼は光の神々というものをよく知らなかったが。

お世辞にも見目麗しいとは言えぬ少年だった。服装もぼろ着れ同然である。抱えているのはずた袋だった。

縮こまりながら彼が歩いているのは闇の種族の要塞。小鬼ゴブリンやら大小鬼ホブゴブリンが行き交う、山中に掘り抜かれた地下迷宮ダンジョンである。少年はそこで働かされていた。奴隷である。非常食でもあった。仲間が巨鬼オーガァにバリボリ喰われるのを目にしたこともある。

今地下迷宮内部は慌ただしい。人の類の軍勢が迫っているから。

夜の間に迎え撃つべく、軍勢は出撃体勢を整えていた。

この隙に逃げるのだ。

後ろを気にしすぎていた彼は、進路上にいた人物に気付けなかった。

激突。

───まずい。

粗相を働いた奴隷への罰は殴打と決まっている。相手が小鬼なら打撲程度で棲むが、大小鬼だと運が良くて骨折。巨鬼なら最悪だ。奴らの晩餐にされてしまう。

恐る恐る振り返った少年の前に立ちふさがっていたのは、黒い甲冑に身を包んだ女体。少年よりも背が高い。いや、育ち盛りだというのに十分な食事の与えられていない少年が小さいのだが。

「あ───」

視線を上に上げると、相手の顔が───ない。

首のない女。不死の怪物である。

───助かった!

この女性は少年のだった。何でも、昔ところでは、この地下迷宮の主人によって黄泉還らせられ、奴隷とされたどこぞの姫君らしい。人間性を残した彼女はこの地下迷宮に住まう怪物どものなかで唯一、少年に暴力を振るわない存在だった。

彼女も出撃するのであろう。

「あ、あの、ごめんなさい」

ぺこり、と謝る少年の肩を軽く叩き、不死の怪物───姫騎士は歩き去っていった。

彼女の背をしばらく見送っていた少年だったが、やがて目的を思い出すと、用意していた抜け穴から逃げ出すべく、その場を後にした。

いや。

しようとして、ふと思い直した。


  ◇


───なんでこんな事してるのかなぁ!?

地下迷宮の奥深く。闇が濃い中を、所々に設置された松明が弱々しく照らしている。岩肌がじめじめとしており不快だった。

彼が隠れている曲がり角の向こうでは、扉の前に立つ番兵の石人形ロックゴォレムが2体。二メートル近い石で出来た魔法生物で、魂を持たない怪物だった。石で出来ているのでとてつもなく強い。破壊するのは少年では無理だろう。

だから彼は、魔法の助けを借りることとした。

石人形どもの前に立った彼は、魔法の言葉を口にした。こんな時のためにこっそりと盗み聞きした、合い言葉を。

石人形どもは動きを止める。かと思えば道をあけ、恭しく礼をしたではないか。

少年は素早く扉に駆け寄り、開こうとして。

───鍵がかかってる!

考えてみれば当然だった。番兵に石人形を配置するような部屋である。二重三重の防護くらいするだろう。

仕方なく、少年は命じた。石人形どもに、扉を破るように魔法をかけたのである。

合い言葉により少年を主と認識していた石人形らは命令に従った。

その剛力で、扉を破砕していく。轟音と共に。

闇の者どもが殺到してくるのも時間の問題であろう。

覚悟を決めた少年は、扉の中へと飛び込んだ。


  ◇


姫騎士は幽閉されていた。首から下は自在に動くことが出来たが、しかし首だけは狭く、暗い場所。宝物庫の奥にある、壁を堀り抜いた金庫へ封じられていたのである。

だった。首を砕かれれば姫騎士は死ぬ。既に死んでいる彼女に与えられた偽物の生命すらも失われるのである。怖かった。魂だけでいることが。弔われず、放置されるのも。どころか、闇の者たちに魂を拷問されることだって恐ろしい。あの苦痛は言語では言い表せぬ。

だから彼女は、闇の種族に使役されるがままでいた。逆らえぬ。人間を大勢殺した。死してなお続く彼らの断末魔が姫騎士の精神を抉ったが、だからといってどうしようもない。心を押し殺した。このまま、討たれるまで永遠にこんな日々が続くのだろう。そう思っていた。

だから、突如としてへと手を差し込まれ、引き出された姫騎士は混乱した。

相手は闇の魔法使いではない。つい先ほどぶつかったばかりの、少年だったから。

「さあ、一緒に逃げよう」

「……ぁ…」

機会が巡ってきたのだ。自由となる、千載一遇の好機が。

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