じゃあくです(じゃあく)

「ふむ。よその部族の者だと?使者か」

闇の中。闇妖精ダークエルフの首長はその報告を聞いていた。別の部族に属する闇妖精ダークエルフが陣に訪れた、というのだ。それも昼日中から。

今回の侵攻は、周辺諸部族の総力を挙げた大戦争である。ゆえに首長が使者と思ったのも無理はない。

しかし、取り次いだ戦士の返答は否定だった。

「いえ。なんでも北の果てより放浪してきた者だそうです。高位の死にぞこないアンデッドを連れております。

此度の遠征を耳にし、馳せ参じたと」

「なるほど。自分を売り込んできたか」

首長はしばし思案。こんなの昼間である。にもかかわらず活動できる不死にぞこないアンデッドを作れる魔法使いは貴重だった。外の血を一族に入れる意味でも、使ってみる価値はあろう。

「ふむ。よかろう。適当な者の下につけてみよ。使い物になるならばそれでよし」

「はっ」


  ◇


都市内部は、酸鼻を極める光景だった。

日干し煉瓦で作られた家々は背が高く、路地が狭い。結果として生じる日陰は本来であれば涼を提供するためのものであろうが、今現在は闇の種族が身を潜め、奥で何やらおぞましい行いをするための場所へと堕している。もちろんわざわざ覗き込んで確認したいと思う者はいなかった。

上を見上げれば、家々の屋根に止まっているのは多数の烏。奴らは散乱する人間の残骸を漁りに来たのであろう。

そして、多数の吊るされた死体。

霊の声を聞くことができる者であれば、彼らの呟きが聞き取れるであろう。肉体に未だ囚われ、苦しみ続ける彼らの声を。

「―――俺は死霊術師ネクロマンサーではないから奴らの声は聞き取れぬのだが、なんといっているのだ?」

女占い師に尋ねたのは、闇妖精ダークエルフ。昏い色のローブで陽光から身を守り、腰に帯びた剣。まるで今の女占い師そのものないでたちの彼は、一行の面倒を見るよう命じられた戦士であった。

「―――苦しみ、救いを求めています」

女占い師は答える。死者の声はか細い。魔法で活性化している死にぞこないアンデッドならばともかく、死者の声を聞き取るのはふつうの魔法使いにとって、大変に難しかった。

その返答を戦士は鼻で笑う。

「くっくっく。せいぜい神々に、断末魔を捧げ続ければよいさ」

「―――ええ」

会話の合間にも戦士は一行を観察。

女占い師の傍らにいる首なし騎士デュラハンは仏頂面。陽光の下で活動している以上、この完全武装した死にぞこないアンデッドのはずである。恐らく何らかの手段で魂魄を束縛しているのであろう。その一点だけで、女占い師の実力のほどは見て取れる。

熊の毛皮を被った魔法使い。何でも女占い師の従者らしい。道を踏み外した魔術師が闇の軍勢にはせ参じることはよくある。

そして女占い師が肩に乗せている隼。これは使い魔であろう。

戦士は、言葉を続けた。

「ひとつ確認しておきたいことがある。

―――貴様、混血まざりものか」

返答には、一拍間があった。

「―――いけませんか」

「くっくっく。構わぬぞ。力があるなら俺はそんな細かいことは気にせん。

お前が出奔してきた部族ではどうか知らぬが、な」

それに、俺は豊満な女の方が好みでな、と続ける戦士。

実際、純血の闇妖精ダークエルフより、人間との混血である女占い師の方がやや、体つきはがっしりとしていた。

やがて、たどり着いたのは一軒の家屋。

「ここを使え。出陣まではまだもう少し間がある」

「ありがとうございます」

戦士へ頷いた女占い師は、中へ入ろうとするが。

「おっと。忘れるところだった。中のをせねば」

「?」

「もののついでだ。お前の実力を見せてもらおうか。

腰に下げているものは、飾りではなかろう」

女占い師を待たせ、先に家へと入った戦士は、すぐに出てきた。

怯え切った母子を、力ずくで引きずり出してきたのである。

「魔法の実力は十分に分かった。

剣の腕を見たい。こいつらを斬ってみろ」

女占い師は、腰の刃へと手を伸ばした。

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