今まで何人出したっけ…(ダークエルフ出現率)

加護の本質とは、一種の魔法である。

その行使にあたり助力を求める対象が神である、というだけの事だ。そして、術者はあくまでも物質界の存在に過ぎぬ。

故に、それを魔法で破る事自体は可能であった。

そこは縦に掘り抜かれた岩盤の中である。出入り口は二つ。陽光が差し込んで来る真上と、そして壁の一角にある扉だけ。真上の穴は高く、ここから上って出るのは極めて困難であろう。内壁に彫り込まれた不可思議な文字は敵対的な魔法を封じ込める為のものだった。

にいるのは鎧甲と小剣で完全武装した戦士たち。骨の鎧を身につけた女。太陽神の神官もいる。

そして、椅子に座っている髭を蓄えた男は商業都市の太守である。

中央の台に立てかけられ、四肢に鎖を繋がれているのは、驚愕の表情を浮かべた闇妖精ダークエルフを象った彫刻だった。

緊張する様子の配下たちへ向け、太守は語りかける。

「諸君。喜べ。今日は尋問でうっかり殺してしまってもかまわんぞ。死霊術師ネクロマンサーが同席するからな。魂から答えを聞き出してくれよう」

場の緊張が程良くゆるむ。それを見て取った太守は、命じた。

「始めろ」

戦士たちが呪句を唱え、印を切り始めた。彼らは太守の一族である魔法使いなのだ。

唱和する声は高まり、やがて頂点に達したとき、変化が起こった。

彫刻。それを取り巻くように巨大な魔力が拡大し、膨れ上がり、かと思えば魔力を巻き込みながら消えていく。

後に残ったのは、驚愕の表情を浮かべたままの闇妖精ダークエルフである。

戦士たちは素早くそいつに組み付くと、手際よく取り押さえた。

石化の呪いストーンカースの加護を、魔法によって解除したのだ。

「意外と手間取ったな」

「はっ。強力な加護でした。かなり力のある神官の仕事かと」

太守の言葉に答えたのは、魔法を行った戦士たちの長。太守とは遠縁にあたる。

頷いた太守は、宣言した。

「さあ、尋問を始めようか」

石化より蘇った闇妖精ダークエルフの船長に対して、酷薄な視線が向けられた。


  ◇


空に星空が瞬き始めたころ。

交易商人の館では、縁もたけなわとなりつつあった。

大きな館である。玄関を抜けたところは四角く石畳で敷き詰められたスペースとなっており、中央には天井の開口部より雨水を受ける四角い水盤がある。昔ながらの邸宅には必ずある、水を貯め込む設備らしい。

その左側は食堂。そして奥には優美な中庭があった。

様々な彫刻で飾られた中庭。その片隅で、自らの生首を小脇に抱えた女が周りを見回していた。

女海賊である。

館にたどり着いた彼女は棺桶から出てきたのだ。ここは外からでは見えぬ私有地である。問題はない。

彼女が見ていたのは、壁面のフレスコ画だった。塗りこめた漆喰が新鮮フレスコな間に顔料で描くこの技法は高度な技術が必要だが、大変に長持ちする。

描かれていたのは神話や、この地方の伝説。

内海に面した都市だけあって、海に関連したものが多い。

「気に入っていただけましたかな」

「…ぁ……」

声をかけてきたのは交易商人。女海賊は肯定を口にした。

「それはよかった。

―――これからどうされるおつもりですかな」

「………ぉ」

問われて、女海賊は考え込む。

生きる目的を失った、と思っていた。一族はもういない。この体は生命のぬくもりも、喜びもない。そう思っていたから。

しかし、違った。見たこともないものを見て、触って、感じ取る。驚くべき芸術を、この都市で幾つも見てきた。

美しかった。もっともっと見てみたい。世界を。

だから、もう少しだけ、生きていたい。

それが女海賊の願いとなった。

「そうですか。

出会ったころは、生きる気力を失っておられましたが。回復したようで何より」

相手の言葉に女海賊は苦笑。死んでいるのに生きる気力とは。

一通り会話を交わすと、交易商人は食堂へと戻って行った。


  ◇


交易商人が立ち去ったあと。

女海賊は星空を見上げていた。1200年前と変わらぬ世界を。

そこへ顔を出したのは狂戦士。幼子―――眠ってしまった王子を脇に抱えている。

「…ぁ……ぅ…?」

「ああ、眠ってしまってな。寝室へ連れて行くところだ」

彼の肩に乗っているのは茶妖精ブラウニー。思えばこのいたずら者も、随分と様々な冒険に付き合ってくれたものだった。

茶妖精ブラウニーは狂戦士が責任を持ってしていくという。

安全な土地まで逃げるという目的を達成した以上、彼らとはここでお別れになるだろう。

同じ北の民ヴィーキングとして、彼にも世話になった。

「星を見ていたか」

「……ぉ……」

「あの間隙。闇の中に、暗黒神は住まうという。いや、あらゆる闇に」

女海賊も頷いた。その神話については彼女も知っている。ありとあらゆる、光が届かぬ場所は暗黒神の領地なのだ。

「かの神は、大樹の下で自らを槍で貫き、首を吊って仮死の眠りについたという。冥界に降りてその秘密を知るために」

「……ぁ…?」

「そう。生きていながらにして死んだんだ。

今のお前さんに似ていると思わないか?」

「…ぅ……」

「ああ。死者は生者よりも魔法に近い。お前さんも才覚があれば、魔法の秘密を垣間見ることができるだろう。

それがいい事か悪いことかはさておき」

「…………」

考え込む女海賊。そんな彼女におやすみ、というと、狂戦士は客室へと向かった。

やがて女海賊も、寝床へと戻った。


  ◇


「―――なんということだ」

尋問を終えた太守は、その顔面を強張らせていた。

何故ならば、彼がたった今捕虜から得た情報は、きわめて重大なものだったからである。

彼はすぐさま執務室へと戻ると、主要な商業都市の首脳陣を招聘すべく伝令を送り出す。

時間がない。

闇の種族の大軍勢が、内海の支配権を手にすべく動き出したのだから。

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