防犯は大事です(だいじ)

闇夜の桟橋。

停泊している交易船のほとんどは、見張り役が乗っている。自分の船は自分で守るしかないからである。

しかし、1隻だけそのような見張りがいない船の姿。

優美な船体は北の民ヴィーキングのロングシップだった。

今。それにこっそりと近づこうとしている者の姿があった。


  ◇


ロングシップに接近しつつある者は忍び足であった。

頭巾で顔を隠し服装も全体的に地味。腰に帯びた剣が異彩を放つ。

盗賊である。

彼は、不用心にも見張りを置いていない船へ接近。

そこかしこに縄が張られ、呪符がぶら下げられている船を鼻で笑う。真に力ある魔法使いなど滅多にいない。こけおどしであろう。

そう判断した彼は、船へとこっそり乗り移った。


  ◇


―――誰か帰って来たのだろうか?

女海賊は、船の上、寝床の中で目を覚ました。まだ夜間のはずである。今停泊している規模の都市になると、夜警や火神の神官が警戒に回っていることはあるが。それ以外は基本眠っているはずだった。当然航海者たちも。

棺の蓋からだけを伸ばす女海賊。

彼女が見たのは、桟橋よりこっそりと乗り込んできた盗賊の姿だった。


  ◇


―――こんなに大きな船だったっけ?

船の内部を見回した盗賊は、あたりを見回した。何が起きているのだろうか。くらいの巨船に見える。

まさか船に設置された結界により幻惑されているなどと、当人は思いもしない。

もっとも、この時点でなら盗賊はまだ引き返すことができた。あくまでも泥棒撃退用の魔法である。あまり凶悪な魔法を仕掛けておくとうっかり事故が起きたら目も当てられないからだった。

実際、普通の盗賊であればこの段階で逃げ出したであろう。15メートル余りの船が100メートルに見えるなど魔法の仕業に決まっているからである。

盗賊がそうしなかった理由はただひとつ。酒が入っていたから。酒場でしこたま飲んで帰りが遅れた彼は、たまたま目についた船へと侵入してきたのだった。

彼は、船の積み荷を奪うべく周囲を見回す。

目についたのは、大きな籠。

瓶のような形をしており、蓋でしっかりと閉じられ、外側には何枚も札が張り付けられている。

正気の人間であれば開けようなどとは思わないであろう外観。

何か凄いが入っているに違いない。そう思った盗賊は、忍び足で籠へと近づいて行った。


  ◇


その頃、籠の中に入っていた凄いは、近寄ってくる曲者。すなわち盗賊を凝視していた。

何やらまずい。このままでは籠の蓋をあけられてしまう。いや、こいつは侵入者なのだから捕らえるのが楽になったと思えばよいのか。

女海賊は、蓋が開く瞬間を待った。


  ◇


随分と長い道のり―――実際は数歩―――を踏破した盗賊は、籠へと到達。

その蓋へ手をかけた。

「どれどれ―――」

中を覗き込んだ彼がまず目にしたのは、断面。いびつな円形で、肉と骨、臓物の切り口が見えている。

肉塊?

彼が一瞬そう思ったのも無理はない。

だがその肉塊は、布に包まれていた。一か所だけが露出していたのである。布の質はごく普通。質素な代物である。

しばし中のを眺めていた彼は、それが人間の形をしていることに気が付いた。首のない女体である。布は着衣だったのだ。

よく見れば、籠の底には女の生首が転がっているではないか!

この時点でようやく盗賊は気が付いた。この籠は棺桶なのだと。

慌てて蓋を閉めようとした彼に、細腕が伸びた。棺桶の中身。首のない女の死体が動いたのである。

「―――ぎゃあああああああああああああああああああ!?」

盗賊は、棺桶の中に引きずり込まれた。


  ◇


翌朝の桟橋。

領主の依頼を無事にこなし、。すなわち茶妖精ブラウニーを捕らえた一行は、出航するべく船へと戻って来た。領主より与えられた褒美の品も一緒である。ちなみに茶妖精ブラウニーの処遇であるが女占い師に一任されたため、ぐるぐるに縛り上げたうえで連行されていた。

そんな彼らであるが、桟橋の上に見慣れぬ男が転がっていることに気が付いた。よほど恐ろしい目に遭ったのだろう。凄まじい形相である。

縄で縛られた彼の体には、ぺたりと文書が張り付けられていた。

「この者、泥棒」と。

一行は、領主の館へと戻るはめになった。盗賊を引き渡すために。

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