薄板一枚下は地獄です(この世はじごく)
船員の若者がその船を発見したのは、日もまだ高い時刻であった。
島々の合間を航行中のこと。
島陰より現れたのは一艘の軍船。交易商人らの船と同じく
違いはより大型で、兵員兼こぎ手を満載し、余計な荷物を積んでいないこと。互いに帆は満開である。速力においてこちらに優越していることは明らかだった。
もちろんこの状況で偶然出会ったなどと考える楽天的な者はいない。
互いの距離は徐々に狭まりつつあった。
◇
「よくやった」
後方の船。
戦士たちの長は、目標を見事見つけ出した魔法使いをねぎらった。敵船はまだ遠いが、この状況下ならば追いつけるであろう。後は時間の問題だ。
しかし、魔法使いの意見は異なるようだった。
「お気をつけください。前方の船には魔法使いが乗っています。それもかなり力ある術者のようです」
「なに?奴以外の魔法使いか」
「はい。流派までは分かりませぬが。従者らしき者の姿も見えます。かなり高位の
「我らで対抗できるか?」
「高位の
「船に乗り、距離を置いている限り脅威ではない、か。言い換えれば乗り込まれるか陸に上がられてしまえば不利と」
「はい。私も武具に魔力を付与する術は持っておりますが、敵は死体。人の域を越えた力を発揮するはず。まともに立ち向かえば不利は必至」
「承知した」
長は思案。不死の怪物は厄介だが、まともに相手をする必要はないのだ。術者は人間のはず。矢を受ければ死すであろう。奴らが上陸するまでが勝負だ。
そこまで判断した長は、攻撃の命令を下す。
戦いが始まった。
◇
「このままではやられますぞ」
交易商人の言うとおりだった。
距離が狭まるに連れ、後方の船からは矢が飛ぶようになった。まだ距離があり、まばらだから被害はないとはいえ。
このまま距離が詰められれば脅威は増すだろう。甲板も船室も持たぬ船体構造に隠れ場所などない。荷物の木箱の陰に隠れるので精一杯だが、そうなるとオールをこぐ手が止まる。ますます敵勢との距離が狭まるはずである。こちらに飛び道具はなかった。反撃の術はない。
一行は追いつめられつつあった。
◇
王子を追跡する軍船。
その長は、前方の標的が島の周囲を旋回しようとしていることに気がついた。浅瀬で座礁する危険もある操船だった。こちらが迂回することを期待しているのだろう。
だが、ロングシップの喫水は浅い。座礁の危険は低いのである。
長は座礁を恐れず、敵の背後に張り付き続けることを選択した。
徐々に敵との距離が縮まりつつあるが、近づきすぎてはならぬ。こちらの船に直接乗り込まれてはかなわなかった。
されど。
船底は鳴いた。無理な力がかかり歪んだのである。
長は舌打ち。まさか船底をこするとは不運な。だが音からすれば致命的ではない。まだ追える。
間違いだった。
二度目の衝撃が襲ってきたからである。それも、恐ろしく強烈な。
船底を貫いて突き出てきたのは拳。女の細腕が突如、軍船の底部を貫通して突き出たのだ。
「───なに?」
腕は即座に引っ込み、そして三度、衝撃が襲いかかる。
船縁にかかったのは、先ほどと同じ細腕。
それはすぐさま、持ち主を引き上げた。
美しい女だった。一糸まとわぬ青ざめた裸身は見事なコントラストを描いている。
その美しさは、ただ一カ所の欠損。不完全さを抱え込んでいる事で、完結しているようにも思える。
水を滴らせるそいつには、首がない。不死の怪物。
女海賊が、直接乗り込んできたのだった。
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