むごい仕打ちは愛の証ですよ(いじめっこの理論)

骸骨王は、敵勢より逃れたことに安堵していた。

彼には目的があった。より強く。より知識を。そのためならば犠牲は厭わない。

ここしばらくの策謀もすべてそのためのものだった。そう。己がより強大な魔法を手にするための実験。この世の秩序を揺るがる事による影響を確認するために、死者の霊を墓から起こし、王権の魔法を破壊すべく策謀を凝らした。結果は骸骨王の予想を裏付けるものである。

魔法とは法だった。その最たるものである、この世の理。ようやく、その根幹に位置する秘密の端緒を見出したのだ。異界の魔法を知る事によって。

以前魔法使いの姉妹より奪った石板。そこに書かれていた知識は、彼にとって素晴らしい可能性を秘めたものだった。

この世の理とは、あくまでも神々が定めた法である。異なる神々ならば異なる法を定める。

異なる二つの世界が交わることで、異質な二つの理を破壊することができた。その後にやってくるのは混沌である。世界が原初の姿へと戻るのだ。

かつて、世界は始源の巨人より始まったという。新たなる巨人を生み出し、そして自分がその世界の理を定めるのが、骸骨王の目的だった。

まさしく神となるのだ。

誰にも邪魔はさせぬ。

急がなければならなぬ。邪魔者が入った。強力な敵が。

この場から最も近い、儀式に適した場所を検討する。やはりあそこがよかろう。

そう。石板を手に入れた、あの平原。

まもなく夜明けの時間。

骸骨王は、陽光を避けながら夜を待った。自らの勝利を夢見て。


  ◇


夢を見ていた。

黒騎士がいたのは、石で出来た暖かな家。暖炉に火蜥蜴サラマンダーが住み、絨毯が敷かれ、隅には獣たちが身を寄せ合って眠っている。そんな場所だった。

そして、小柄な体つきをした少女。

誰なのだろう。。綺麗な銀の髪も。美しくはりのある肌も。何より、微笑みを浮かべられる幸福そうなところも。

正直、妬ましい。

私はこんなにつらいのに。体はボロボロだ。骨と皮ばかりになり、わずかな頭髪はくすんでいる。醜いのは外見だけじゃあない。苦痛と恐怖、闇の魔法で腐り果ててしまった霊魂。死んでも私は生まれ変わる事や、冥府に行くことすらできない。だから私は生き続けるしかない。肉体が魂に歪められているから、年を取ることだけはない。生きているのに限りなく不死の怪物に近い、永生者デスレス。それが私。

ここまでされても。いや、ここまでされたからこそ、主人には逆らえない。恐怖は魂の奥底にまで染み付いている。それに行く場所もない。自分にはこうなる以前の記憶がないから。人もたくさん殺した。殺されたくなかったから、大勢殺した。主人の求めに応じて魔法も使った。死者すら呼び起こした。

ああ。誰か。誰か、私を助けて。


  ◇


太陽が、もうすぐ沈む。

沼沢地の中、わずかに乾燥した場所の土が盛り上がった。

出てきたのは白魚のように美しい手。

大地へとかかった指先は、残る胴体を引っ張り上げた。

起き上がった上半身は、裸身。首がない小柄な肉体を持つ彼女は女楽士だった。

目を覚ました彼女は、周囲を見回す。

近くで煮炊きを始めていたのは野伏。グラグラと煮えている鍋の中身はであった。材料は野草と干し肉。それに少々のハーブ。

女楽士は、裸身についた土を払うとすぐさま衣を身に着け始めた。沐浴しようにも場所が悪いし、時間もない。仇と距離をかなり離されてしまった。獣たちがいるから、雨が降らぬ限りは追跡できるだろうが。

ふたりは、暗い顔を突き付け合わせた。

「……ぅ……」

「うん。ちらっと見た」

「…ぁ……」

「ごめんね。お姉さんに、加護を願った。死なせないでって。剣で死ななくなる呪いをかけたんだ。

あの時に。手遅れだったとばかり思ってたから、すっかり忘れてた」

「……ぉ……」

「うん。あの加護は、死ねば効力を失う。あくまでも剣で死なないようにする加護だから。死んじゃったらそれでおしまい。だから、お姉さんはまだ生きてる」

「…ぅ……!!」

「そうだね。助けなきゃ」

やがて食事を終え、準備を整えたふたりは、追跡を再開した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る