今度は中年おっさんがすすり泣いてる(誰向けなんだろう)
湖畔の街。
そこは水産資源の輸出で栄えている小都市だった。大陸の西側に位置するこの土地は海からも、大河からも遠い。すなわち魚の入手が困難な地域の中心にある。
だから、湖から得られる魚類は近隣に住まう人々の貴重なたんぱく源として珍重されてきた。
今、この地に闇の種族の魔手が伸びようとしていた。
◇
日当たりの良いその石造りの部屋は、湖畔の街の中枢でもある山城の執務室だった。部屋の主はこの城の主でもある。
椅子に腰かけているのは、豪奢な衣を纏った青年であった。この街を首都とする小国の王である。
王は、執務机を挟んだ対面に位置する相手へとねぎらいの言葉をかけた。
「よくぞ無事に戻ってくれた。行方知れずと聞いた時は肝が冷えたぞ」
「はい。ご過分なお言葉、感謝のしようもございません」
答えた男は、髭を蓄えた中年の男であった。
王が最も信頼する人間の一人。何しろ彼には、王の生命を預けているのだから。
それにしてもひどくやつれている。当然であろう。命からがら帰り着いたばかりなのだから。
王は本心から男を心配していた。
「屋敷へ戻り、しばし休養を取れ。そのような状態では仕事も手につかぬであろう」
中年の男―――己の主治医である薬草師を下がらせると、王は執務の続きに戻った。
◇
その城は、湖畔を望める山に沿って建てられていた。
石造りの小さな山城である。斜面を降りて行けば市街地にたどり着く。湖畔の街を治める王の居城だった。
今、無事に逃げ帰って来た中年の男。薬草師である彼は、与えられている城の仕事部屋で深い自責の念に苛まれていた。
部屋の中を見回す。
乾燥した薬草。薬を煎じるための小さな器。すり鉢。様々な道具。
その全てが男の仕事道具である。
薬草師は、王室の典医だった。
彼の手にかかれば王とその一族をいかようにでもできる。殺すことも。
闇の種族も、それを見越して男に
男は、王の命によって近隣の領主の下へ遣わされていた。王の信任が厚いその領主は病にかかっており、その治療のために男が派遣されたのである。老衰による体力の低下は神官の加護と言えども回復できぬから、医術に頼るしかなかった。対症療法しかできなかったが。
役目を終えた帰路。男は捕らえられ、呪いを与えられた。王を殺せという命令を強制する魔法である。
使命に逆らうことを想像するだけで身がすくむ。あの苦痛は耐えられぬ。すでにひとを一人殺してしまった。
彼は、帰還の途中闇の種族に襲われ、ひとり助かった、という事になっている。王には苦労をねぎらわれ、しばしの休みが与えられた。されどしばらくすれば、職務に復帰する事となろう。
その時が、王の最期となるはずだった。
「ああ……どうすれば」
薬草師の男は、すすり泣いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます