第四部 復讐者編 (主人公:女楽士・野伏)

第一話 女楽士、死す

回を重ねるごとにアグレッシブになっていないか(いまさら)

「くっ!殺せ!!」

女楽士の叫び。

それに応えたのかどうか、面布で顔を隠した死刑執行人が振り下ろしたのは、巨大な斧。

それは女楽士の首を、皮一枚残して切断した。

胴体から垂れ下がる、首。

―――ああ。しかし私は冥府に行かぬであろう。何故ならば―――

もはや己の意のままにならぬ肉体を見ながら、彼女は、死んだ。

夜の闇に包まれ、多勢に囲まれた処刑場で。


  ◇


―――こんなことになる前に、止めておけばよかった……

頭巾に黒ずくめの野伏レンジャーは、眼前を横切っていく敵兵に内心冷や汗をかいていた。

野伏の身長は1メートルほど。小さいが彼女の種族では立派な大人である。人の類の一種族、草小人は二百年ほどを生き、陽気で楽天的なひとびとであるが、それ以上にその驚異的な敏捷さと器用さ、視力で知られていた。草小人は靴を履かぬ。不要なのだ。足の裏の皮はとても分厚く、なまくらな小剣の一撃をも止めるという。痛いからやる者はいないが。素足なので足音もしない。天性の盗賊なのである。

今彼女が隠れているのは、地下へと通じる石の階段。そこから降りようとしたら敵兵が歩いて行ったのである。不浄なる怪物。すなわち歩く死体リビングデッドが。腐っていたらしく、臭う。

ここは城の内部だった。それも、闇の者によって支配された堅固な要塞である。

野伏は盗みに入ったのである。それも極めて彼女にとって重要なを。

片方を確保するのは簡単であった。不用心にも、敷地内部に晒されていたのである。既に盗み終え、彼女の背負った背嚢に入れてある。丁重に。用意しておいた偽物ダミーとすり替えておいたからすぐに気づきはしまい。

されどもう一つ、盗まなければならないものがあった。今から忍び込もうとしている先。塔の地下牢に恐らくあるはず。彼女にはとても運べぬ大きさのものが。

されど問題ない。

野伏は、左手の指に嵌めた指輪を撫でた。

真上で気配。

そちらを見上げると、頼もしい相棒の姿があった。大柄な、豹の骸骨。天井に張り付いたそいつは、魔法の指輪をはめた者の命令を聞く。

「おいで」

小声で支持すると、獣は滑らかに飛び降り、音もせずに着地。彼を従え、野伏は階段を降り始めた。

進んだ先。そこには幸いなことに、歩哨はいなかった。必要ないからであろう。価値あるものなどないから。野伏にとっては違うが。

そこに在るものはただ一つ。

牢獄の横。死体置き場に転がっている、首のない女体だけだった。

野伏の仲間の遺体。闇の種族に斬首され、屍は凌辱の限りを尽くされたのであろう。あの怪物どもは、女であれば何でもよいのだ。死体であろうが、獣であろうが。だからこそまだではされていない。

素早く歩み寄り、用意していた布袋に詰め込むと、相棒の背中に縛り付ける。動かぬよう。持ち出せるよう、しっかりと。

晒しものとなっていた首はもう、確保している。野伏の背負う背嚢の中に。

用は済んだ。後は脱出するだけ。

なのだが。

こつ、こつと上から足音。

周囲を見回す野伏であったが、自分はともかくを背負った相棒が隠れるのは不可能である。彼がいなければ仲間を運ぶことはできぬ。

野伏は覚悟を決めると、素早く物陰に隠れた。

その眼前。階段を下りてきたのは、醜悪な面構えをし、棍棒で武装した二匹の怪物である。

大小鬼ホブゴブリン。折れ曲がった鼻、黄土色の肌を持つ醜悪ながらも人型の種族であり、極めて邪悪な性向と、恵まれた体格が脅威な人の類の敵だった。

野伏は、手にした刃を立て続けに投じる。それは狙い過たずに怪物どもの喉へと突き刺さり、即座に絶命させた。

素早く投げた刃を回収すると、野伏は階段を駆け上がる。続く骸骨。

彼女らは無事、城から逃れた。


  ◇


女楽士は、

周囲を確認する。暗い。何か、細長い箱のようなものの中に入れられている模様。

上を押してみる。動く。よかった、出られる。

己が収まっている箱の蓋を、女楽士は押しのけた。

上半身を起こした彼女は、ここが何なのか、一瞬分からなかった。

石造りの部屋。半球状になった内部には赤い紐がそこかしこに伸び、そこから多数の、黄色く染色された布がぶら下げられている。床は土。

女楽士がいるのはその中心。

異様な光景だった。

己の体を見降ろしてみる。

細い四肢。薄い胸板。白い屍衣に包まれた、小柄な肉体。どこにも欠損はない。されど、とてつもなく冷たい。

続いて、を触ってみる。

いや、触ろうとして、

それで、何が起こったかを理解した。

―――ああ。死んだのだ。私は。

ようやく、何が起きたかを思い出した。

この部屋を―――陵墓を作ったのは、そもそも己だ。不死の怪物へと転生するために、作ったのである。しくじって、殺された時のために。

仲間は上手くやってくれたようだ。儀式では死因は大変重要である。だから敵に捕らえられ逃げられぬと悟った時、挑発してやった。奴らにわざと処刑させたのである。この儀式では者しか転生させることができぬから。死体を盗み出し、ここへしてくれた仲間には感謝のしようもない。

体に満ち溢れる力。

素晴らしい。これなら勝てる。仇を討てる。殺された姉の仇を。

己の肉体を検分する。頭はどこにいったのだろう。みると、転がっていた。起き上がったことで置き去りとされたのであろう。閉じた眼をこじ開ける。霊の頭と肉の頭。同時に動かすのはなかなかに難しい。

ふわふわの銀髪。鋭い目つき。血色のない、青白い肌。奇妙な気分である。自分の顔を鏡も使わずに見るとは。

他に、箱―――棺桶の中を探し回る。

あった。黄金色に輝く魔法の、小剣。精一杯の力を注ぎ込んで打った、青銅の刃。そして、一枚一枚に念を込め、魔法文字を刻んだ骨の小片を繋ぎ合わせた薄片鎧。

さあ。起き上がろう。

そして最後の準備。

忠実な下僕たちへと命じる。目覚めよと。

床―――土が盛り上がり、中から起き上がるのは何体もの獣の骨。魂魄を括り付けた魔法の従僕たち。

今の私の姿を見れば、師はどのように思うだろうか。きっと悲しむであろう。こんなことをさせるために魔法を教えたのではない、と。自分たちの魔法は、死者の霊を慰め、その眠りを守るためにあるのだから。

だが仕方なかった。闇の軍勢を滅ぼすためには。

全てを確認すると、女楽士は、自らの首を小脇に抱えて陵墓の中から出た。

闇に包まれし夜の世界へと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る