第三部 完(例によってたぶん)
雪が消え、寒さが和らいだ道。
陽光の下を少年騎士は行く。
その身にまとっているのは旅装束である。しかし革鎧はない。先の戦いですべて失ってしまった。マントだけは新調したが。武装は腰の大剣のみ。女勇者の戦斧も担いではいるが、規格外の巨大さで人間には扱えなかった。
彼が目指しているのは、廃坑道だった。女勇者と初めて出会った場所が彼の目的地である。
急な斜面に掘られた大きな穴にたどり着いた彼は、中を覗き込んだ。
奥にぽつん、とあるのは、何メートルもありそうな大きな卵。
「こんな場所にあるなんて前代未聞だよなぁ」
竜の卵は、人跡未踏の秘境にあると相場が決まっているというのに。既に人が訪れなくなって久しいとはいえ、人の手が入った場所にあるとは。
まぁ、分かりやすい場所を選んでくれたのであろう。彼女は。
少年騎士は、手袋を外すと卵に手を当てた。暖かい。中から、コツコツと音がする。
―――ん?コツコツ?
疑問に思った刹那。
内側から、爪が突き出した。
二度。三度。
爪が内側から現れ、卵が破壊されていく。
今、竜が誕生しようとしているのだった。
「―――がんばれ。がんばれ」
誕生を助けることはできぬ。卵を破壊できるのは、竜の爪だけだから。
故に、少年騎士は待った。大切なひとが、再び生命を得るのを。
やがて。
卵の中身が、顔を出した。濡れたような黒い鱗を持つ、美しい竜が。
◇
―――こいつめ。こいつめ!
まだ生まれていない者は、生まれ出でようと必死だった。
わたしが外に出ようとするのを邪魔する、硬い奴。
今までずっとわたしを守ってくれていたが、いざ外に出ようという時には邪魔でかなわぬ。
つい最近まではそんな事などついぞ思わなかったのだが。何だろう。外には何があるのか。分からぬ。だが心惹かれるのだ。
だから、硬い奴を爪でつつく。どんどん壊して、外へと出てやるのだ。
やがて差し込んできたのは、なんだろう。とてもまぶしくて、でも心地よい光。
これだ。わたしが心惹かれていたのはこれなのだ。
頑張る。硬い奴を壊し、出られるだけの隙間を広げる。
その外に、何かがいた。なんだろう。わたしより小さい。それに脆そうだ。四肢がある。頭がある。目があり、鼻があり、口がある。毛が生えている。
そいつは、わたしに向けてこういった。
「おかえりなさい」と。
よくわからぬ。わからぬが、どこか見覚えがある気がする。
なんなのだろう。とても気になる。こいつは壊さないようにしよう。正体が分かるまで大切にしなければ。
こいつの顔を舐める。べろり、と。
味は覚えた。匂いも。見た目も覚えた。これでどこに逃げようとも追いかけられる。
こいつは、わたしのものだ。
すると何やら、抱きしめられた。
抱きしめ返す。壊さないように、慎重に、慎重に。
あたたかい。そうだ。暖かいのだ。
ああ。とても、幸せだ―――
◇
こうして、一人の死者は、長い旅路の果て、新たな生を得た。
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