ただのドラゴンじゃなくて物理攻撃無効のドラゴンです(ひでえ)

―――見破られたか。

状況を見守っていた長老は、内心で舌打ちした。相当な手練れがいるようだ。厄介な。

手勢は部族の者たち数十名ほど。うち十数名ほどを幾つもの隊に分け、各方面から潜入させていた。術で姿を隠し、忍び込もうとしたのだ。しかし先ほど上がった、裏手側からの凄まじい咆哮が術を破った。かけ直しても無意味であろう。

やむを得ぬ。次善の策と行こう。

手勢には露呈した場合の計画も伝えてある。可能な限り敵勢の注意を引き、時が来れば撤退せよと。

頭の中で手順を再確認すると、長老は。自ら娘を奪取すべく行動を起こした。


  ◇


裏手側。二名ずつの班に分かれて突入しようとしていた三つの班の闇妖精ダークエルフたち。残る四名は、術を破られたことに動揺しつつも刃を抜き放った。とはいえ彼らの長剣では敵魔法使いの戦斧に間合いで劣る。そしてその隣に並ぶのは完全武装の少年騎士であった。数で勝るとは言え接近戦では不利。故に彼らは術の詠唱を開始する。まだ距離が開いている間に。

対する女勇者は大きく息を吸い込むと、強烈な吐息を吐き出した。竜の吐息ドラゴンブレス。岩をも溶かす強烈な火炎で敵勢を薙ぎ払ったのである。

断末魔すらなかった。人型の炭がよっつ出来上がり、そしてたちどころに崩れ去る。

まさしくであった。

―――なんて、強い。それに、美しい。

その光景を見ていた少年騎士は、女勇者の実力に感嘆していた。竜語魔法の強さについて知ってはいた。されど実際にその実力を目の当たりにしたことで、崇敬の念にも近しいものが生まれつつあったのである。

―――このひとが、己の竜ならばよいのに。

そこまで思考が及んだ段階で騎士は苦笑。確かに女勇者はいずれ竜になるであろう。だが己は彼女に跨れるような器ではない。

そんな彼に対して、敵を一掃した女勇者は告げた。

少女を守れ。ここは己が片づける、と。

「分かりました」

少年騎士は首肯すると、屋内へ戻った。


  ◇


「家々へ走れ!魔法が来るぞ!!」

切り殺した数名の敵勢すべてが闇妖精ダークエルフであることを確認した村長は、ともに見回りをしていた村人たちへと命じた。

村の外周は遮蔽物が少ない。だが村の家々は半地下の石造りで、なおかつすべての建物は通路でつながれている。更に言えば高所であった。ちょっとした砦なのだ。少々の攻撃では致命傷を受けづらい。

他の者が駆けだしたのを確認し、自らも走り出す村長。

短い草で覆われた斜面を走る一同。近づく家々。

いけるか。

そう思ったとき。

彼の斜め前を走る若者の背に魔法の矢マジック・ミサイルが着弾。倒れ込む若者に肩を貸し、治癒の加護を与えると、村長はさらに走った。

前方に開いた扉。

そこへ若者を押し込み、自らも飛び込んだ瞬間。

村長の背に、矢が突き立った。


  ◇


裏手側を指揮する闇妖精ダークエルフの頭。彼は突入部隊の支援から、長老の支援へと変更された任務を果たすべく行動を起こした。村の裏手、すなわち海の側より攻め入ったのである。

村の家々より飛来する矢弾。されどそのことごとくは、闇妖精ダークエルフたちを避けて通った。矢避けミサイル・プロテクションの魔法により防がれたのである。

その前に立ちふさがったのは戦斧を携えた女魔法使い。

先の竜の吐息ドラゴンブレスが四人の部下を焼き払ったのを見ていた頭は立ち止まると、部下らと共に魔法の詠唱を開始した。十分な間隔を広げ、敵から離れたうえで。一人二人はあの火炎でやられるであろうが、その間に魔法のを浴びせかければいかな大魔法使いと言えども死すしかあるまい。

果たして、女魔法使いは奇怪な行動に出た。戦斧を投げ捨て、衣を脱ぎ捨てたのである。

―――何を?

脳裏を横切ったのは疑念。

されど、詠唱した術が完成する。火球の術が。

ほとんど一斉に、十数名からの魔法が投射された。

火球ファイヤーボールが。魔法の矢マジック・ミサイルが。稲妻ライトニングボルトが。

たった一人に集中した火力が、凄まじい爆炎と煙を。そして粉塵を巻き起こした。

「やったか」

あれだけの攻撃を受けたのである。どのような大魔法使いであろうとも助かるはずもない。

そのはずだった。

煙がとき。頭は、ぽかん、とそれを。部下たちも、頭にならった。

なんだ。なんなのだ、あれは。

どうして。なぜ、突然、あんな場所に巨体が出現しているのだ?

なんだ、あの怪物はなんだ!?

彼らの眼前に出現していた巨体。頭から尾の先端まで十五メートルはあるだろう。鱗に覆われた全身。すらりとした長い胴体。強靭な四肢。鋭い翼。凶悪な牙。それらを兼ね備えた黒きが、体の側面を闇妖精ダークエルフたちにさらして横たわっていたのだから。

あれが魔法の産物だということは頭にも分かった。だが、それ以上は何もわからぬ。あのような怪物に姿を変える魔法があるなどとは!!

あの巨体に生半可な魔法が通用せぬことは明らかである。たった今証明された。敵との力量差は明白。だが逃げ切れるのか!?

うろたえる闇妖精ダークエルフたちの眼前で、漆黒の巨体が身を起こした。

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