さて問題です。蜥蜴人と戦う準備をしてきた軍勢が対アンデッド装備をしているでしょうか?(してないって)

岩山のオアシスからほど近いところに、闇の軍勢は陣を張っていた。総数は五百を上回るであろう。

その後方。陣幕で周囲から隔離され、魔法的にも防御された中枢で、軍勢を指揮する魔法使い―――フード付きのローブで深く顔を隠した暗黒魔導師は思案していた。

先遣部隊と、その後詰だけでも二百。夜陰に紛れて急襲させるために軽装備ではあるが、奴らには魔法解除ディスペル・マジックをはじめ、呪符を潤沢に与えてある。

変身の魔法以外にさしたる武器を持たない蜥蜴人リザードマンども。それもせいぜい百程度を始末するには十分なはずだ。

奴らを排除すれば、あの岩山に隠された秘宝の奪取も容易となろう。

そう。竜王ドラゴンロードにまつわる力ある品物の一つを。

先ほど飛ばした使い魔が、現場の上空へ到達する。そろそろ戦いが始まっているはずであるが―――ぬ?

なんだ。あれはなんだ。何故、こんな場所に、あれほど高位の死にぞこないアンデッドがいるというのだ!?

まずい。先遣隊は見捨てるしかない。至急、後詰だけでも呼び戻さねば。奴らの装備では、あの死にぞこないアンデッドには太刀打ちできぬ。

あの首なし騎士デュラハンには!!


  ◇


―――闇の種族どもめ。

地上へと出る際。

女勇者の胴体は、入り口付近で倒れている蜥蜴人リザードマンの若者に気が付いた。まだ生きている。生首を預けてきてよかった。老賢者たちへと教え、救出させねば。

そして、女勇者は地上へとその全身をあらわにした。

周囲には多数の屍。闇の者だけではない。槍に貫かれた蜥蜴人リザードマンたちのものも多い。いずれも元の姿に戻った上でやられている。最初の爆発も踏まえれば、何らかの呪物を用いて彼らの魔法を打ち破ったのだろう、ということが推測できた。すなわち敵の背後には、魔法使いがいる。それも恐ろしく強力な。

でなければ、彼らが小鬼ゴブリンごときにこうもやられるはずがない。

そこまで分析した女勇者は、だから時間を無駄にはしなかった。

戦斧を振るいながら、敵指揮官へと前進したのである。

血しぶきが上がった。まるで木の葉のように舞う雑兵ども。たちまちのうちに距離を詰め、やたらとよい装備に身を包んだ偉丈夫の小鬼ゴブリン―――おそらく小鬼王者ゴブリン・チャンピオンであろう―――に迫る。

一撃目で盾を砕き、二撃目で剣をへし折る。よくしのいだ方だろう。だが三度目の攻撃で両足を切断。もう逃げられまい。後でしてくれよう。

確かに技量は悪くない。装備も。だが、それで首なし騎士デュラハンに抗することはできぬ。身体能力が違いすぎた。

女勇者は、残った雑兵どもへとそのを向けた。

さあ。覚悟はいいか?


  ◇


―――足をやられた!

小鬼王者ゴブリン・チャンピオンは、倒れながらも必死に足の出血を止めようとしていた。さもなくば死んでしまう!とはいえこの足では生き延びたところで長生きはできぬが。闇の種族は力こそすべてである。歩けぬ者に存在価値などない。

そこで彼は、主人たる暗黒魔導師より与えられた呪符の存在を思い出した。いざという時、もう本当に後がなくなった時に使えと言い含められていた呪符の存在を。

懐に手を突っ込み、急いでそれを取り出す。

まがまがしい図形と文言がどす黒い血によって描かれた、人の類の皮膚からなる呪符。邪悪なる魔力がこもったそれを、小鬼王者ゴブリン・チャンピオンは引きちぎった。

呪符に封じられていた魔力が解放され、使用者を覆い尽くす。

絶叫が、響き渡った。


  ◇


雑兵を薙ぎ払っていた女勇者は、背後から響き渡った絶叫に振り返った。

その視線の先。緑地の上に転がされていた小鬼王者ゴブリン・チャンピオン。そいつの肉体が急速に腐敗し、溶融していく。どころか、骨格すらも崩れ去っていくではないか。

代わりに。

切断された足。それが身に着けていた甲冑の脚部が、宙を飛翔しながら持ち主の下へと舞い戻った。空洞となった甲冑の損傷部位と癒合し、元通りになる。更には、手にしていた剣や盾までもが。

かと思えば、甲冑の全体は凄まじい勢いで錆び始めた。まるで、何十年もの刻が過ぎ去ったかのように。

中身がすべて消滅したそいつは、蘇った剣を片手に立ち上がった。ぎくしゃくと、しかしすさまじい速度で。

そして最後。空っぽになった兜の中で、赤い目が爛々と輝き始めた。

闇の魔法。その邪悪なる力によって、小鬼王者ゴブリン・チャンピオンは不浄なる生命へと転生を果たしたのである。

―――死霊騎士アンデッド・ナイトへと。

女勇者は、敵へと向き直った。

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