二本脚の羊を食べる娘さんはお嫌いですか?(婉曲な表現)
―――怖く、ないの?
思わず口をついて出た、女勇者の疑問。それに対して、眼前の幼子の答えは、こうであった。
「こわくないよ。
それより、すごいきず。だいじょうぶ?」
会話が、成立していた。女勇者が発する魂の声。それを、眼前の幼子は正確に聞き取ったのである。
さすがは魔法に長けた
それにしても、あまりに異様な状況だった。
幼子が女勇者の姿を恐れないのはその幼さゆえの無知から来るものだとしても、このような、呼吸すら難しいであろう魔境で平然としているとは。何やら人間の知らない秘訣でもあるのかもしれないが。
―――帰りなさい。ここは、危ない。
言葉が通じるならば、いうべきことはひとつだった。このような場所に子供がいては危ない。できれば送ってやりたいところだったが、この体では歩くこともままならない。
「あぶなくないよ。おうち、ちかくだもん」
―――こんな場所に、住んでいるの?
「うん。
すんでたむらにね。やみのものたちがきたからかくれてるの」
ようやく、女勇者にも事情が呑み込めてきた。この
―――ご両親は?
「おとうさんと、おかあさんはしんじゃった」
―――ああ。気の毒に。
「うん。
でも、おともだちや、おばちゃんもいるからさびしくないの」
―――そうか。
「ねえ。なにしてるの?」
―――これから寝る。疲れたから。
「そっか。おやすみなさい。ねえ」
―――なあに?
「また来てもいい?」
―――いい、よ。でも。
女勇者が幼子との再会を約束したのは、きっと寂しかったからだろう。けれども。
―――みんなには、秘密に。
「うんっ」
去っていく幼子。
その背を見送りながら、女勇者は墓穴へと転げ落ち、そして眠りに就いた。
◇
夜。腐った森。
そこを歩く、ひとりの
手には弓。腰には矢筒と短剣。
そして、肩に背負っているのは、彼女自身よりも大柄な獲物。
―――ああ。嬉しいな。
心底そう思う。久しぶりにおいしそうな双脚羊が獲れた。みんなおなかをすかせていたから、喜んでくれるだろう。帰ったら、しっかりと処理しなくちゃ。
それにしても、近隣の闇の種族を退治してくれた何者かには感謝してもし足りない。おかげで遠くに出歩けるようになった。これからは狩りも楽になるだろう。
担いでいる獲物の顔を見る。
縛りあげられたそいつは恐怖の視線を向けてくる。まだ、生きていたのである。麻痺毒で痺れ、動けなくなってはいたが。
―――滋養になってくれる双脚羊に感謝を捧げよう。そして、糧を与えてくれた闇の神様にも。
心なしか軽い足取りで、
◇
―――おかしい。秘密にと約束した気がするのだが。
目覚めた女勇者。その肉体にしがみついているのは四人の幼子。
一人は先日の幼子。残りは一緒に暮らしている「おともだち」らしい。
幼子らは女勇者の体にしがみつき、登ったり、腕にぶら下がったりしていた。
「ひみつにしたよ?でもみんなついてきたの」
幼子の言葉に女勇者は苦笑。信義の問題ではなく能力の問題であったか。
女勇者はここ数日、同じ場所で野営していた。「おばちゃん」に自分の存在が知られれば恐れさせてしまうと理解しながらも。自分を恐れずにいてくれる幼子との別れがどうしても名残惜しくて、ずるずると旅立ちの日を先延ばしにしてしまった。
とはいえ。
もう潮時であろう。幼子たちに知れ渡っている以上、「おばちゃん」に自分の存在が露呈するのは時間の問題である。
旅立とう。今夜。
そう、決意した女勇者。
その時だった。
近くから、気配。
―――!
幼子たちのものとは違う。彼らを庇う構えをした女勇者の視線の先。
そこから現れたのは。
「あら。―――どちら様ですか」
弓と短剣で武装し、尖った耳を持つ美しい娘。
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