うまい話には裏がある(女勇者が何をしたと言うんだ)
肉持つ生命たちが暮らす世界を物質界と呼ぶのであれば、霊や精神が属する世界こそが
幽界には物質界とは異なる秩序があり、住人たちがいる。肉体を持たぬ霊体の生き物たち。半霊半肉の巨人たち。そして死者。幽界とは、死んだ者が行き着く場所のひとつでもある。
中でも、肉体を持って立ち入ることができる浅い階層では、時たま人間が紛れ込んだり、あるいは高位の魔法使いが居を定めていたりもする。そのような場所を、人は妖精郷とも呼んだ。
今、女勇者が迷い込んだ領域。魔法の王なる小神によって治められた世界も、そのような妖精郷のひとつであった。
◇
「ごめんなさいね。こんなものしかなくて」
言いながら少女が広げたのは大きな白い布。着衣を持たぬ女勇者のために広げたのである。
少女は女勇者を立たせると、その肩から布を掛け、そして体へ巻き付けた。最後に腰のあたりを縄で縛り、完成する。
───わぁ……
女勇者の内にあるのはかすかな戸惑いと大きな喜び。
まともな着衣などどれほど久し振りなのだろう。死者の体は何も感じなかった。寒さから身を守る必要もなく、そもそも誰の前へ出るわけでもなかったから、人間は服を着るものだという事実すら、忘れかけていた。今から思い返すと赤面ものなのだが。
そう。赤面できる。血が通っている今の彼女の体は血色を持つのだった。
「さぁ。外へ行ってみましょう?」
女勇者は、少女の言葉に少しだけ恐怖を感じた。外は陽光溢れるのだろう。いや、小屋の中に差し込んでいるものは平気なのだから大丈夫なのだと信じたいのだが。外に出てまた太陽に拒絶されたら。
そんな想いを知ってか知らずか。少女は女勇者の手を引くと、ためらいなく扉を開け。そして外の世界へ連れ出した。
◇
女勇者は幸福の中にあった。
何が起きているのやらはさっぱりだったが、生命の喜びを感じていたからである。食事を平らげ、衣を与えられ、目覚めた体には力があふれ、これまでにないほど頭はさえ渡っていた。忘れていた生の謳歌。どころか、陽光を楽しみすらした。あまりに長い間、苦しみしか感じなかった信仰の対象が彼女へ再び加護を与えていたのである。
それは彼女の霊が体として認識されているが故であった。死者の属する領域。すなわちこの世界では霊の姿こそが真実の姿なのだ。もとより強力な魔法そのものである彼女は魂魄の力で物質界でも活動していたものの、その働きがより強く具現化しているのである。この世界では陽光も彼女を苦しめない。ここにいる限り、
だが。
それは、怨念によって具象化した悪霊どもも、この世界では陽光に焼かれぬ、ということでもあった。
◇
木々の合間。
地を這いずり、蠢く、澱んだ気の流れがあった。全体としてはとてつもない量のそれは、よく観察してみれば一つ一つが小さな怨念や怨嗟の欠片にすぎぬ。されどそれらの澱みは、太陽の光を浴びているのにも関わらず、浄化されることがない。どころか、さも当然であるかのように寄り集まり、密度を増し、やがては幾多の実体を得て起き上がった。
そいつらを突き動かすものはひとつ。己らを殺した相手への怨念。
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