嵐の前の静けさとはこのことだ(ほんとか)

月光が差し込むそこは聖堂。

石で作られた巨大な空間。水神の聖印が掲げられたそこで、背に十三枚の翼を持つ女と、その従者たる黒衣の少年は、この場の長に対面していた。

「―――苦労したようですね」

聖印から視線を外し、そして女神官たちへと振り返ったのは深く老いた神官の女。法衣を纏った彼女こそ水神の神殿の長であり、港町を支配する十六名の評議員の一人でもあった。

「―――無事、とは言い難いですが、巡礼を終え、ただいま戻りました」

翼もつ女神官は、長へ頭を下げた。己へ水神の法衣を与えた人物。二十年近い歳月、己を育て上げた人物へ。

「ええ。

巡礼を終えたあなたは正式にその法衣を纏う資格があります。これからも勤めに励みなさい」

「はい」

女神官へと向けられた言葉。それは、今日から彼女を正式な水神の神官として認める、という意味だった。女神官は、謹んでそれを承った。

そして、型通りのやり取りは終わる。頭を上げた女神官は、へと入った。己の出自について問うたのである。

「―――長よ。お伺いしたいことがあります」

「何なりと申してみなさい」

「私のこと。この、背中に生えているの事です」

女神官は、背に広がる翼を広げた。星神の使徒たる素数の化身―――の名を持つ、星霊の証を。

「私は一体なのですか。ただの異形、化け物の類なのですか?それとも、これは。あらゆる刃が通じぬこの体は」

「少なくとも、あなたがこの神殿に預けられた日。私があなたを初めて抱いた日には、あなたは人間でした。強い運を持った子だとは思いましたが。その時はまだ。

―――あなたをこの神殿へと預けた人が、ちょうど来ています。彼に語ってもらいましょう」

「……彼?」

長の言葉に怪訝な顔となった女神官。振り返った彼女は、背後。聖堂の入り口からやって来た、深いフードで顔を隠した男の姿を認めた。

上等なローブ。神聖なる聖堂へと足を踏み入れるというのに顔を隠したままの彼は、高位の魔法使いに相違あるまい。

魔法使いの男はフードを降ろし、その素顔をさらした。

異相である。

女神官の知るいかなる者よりも肌の色が濃く、そして平坦な顔。知っている顔。

知人であった。昔からたびたび神殿を訪れては、女神官によくしてくれた旅の死霊術師ネクロマンサーたち。その片割れ。

「長い話になる。もう二十年近く前。お前さんを拾って、この神殿に預けた時の話だ」

そして、男は、語り始めた。


  ◇


やはり、本殿には入れてもらえぬか……

星をながら、女剣士は思った。

水神の神殿の敷地には入ることができた。だが、牛車から降りた途端、彼女は女神官たちと引き離され、大河側にあるという客室へ案内されているのだった。

案内役の侍者アコアイトの表情は硬い。小脇に生首を抱え完全武装までした死にぞこないアンデッドがついてくるのだから無理もないが。

そしてたどり着いたのは、川岸に接する水上の小屋。

「では、ごゆるりと」

場を辞した侍者アコライトの背を見送りしばし。

固まっていても仕方あるまい、と意をした女剣士は、首を抱え直し、小屋の扉を開いた。

昏い。

水面上にやや張り出した木造の構造物。その下は水面。なるほど、沐浴のための部屋であろうか。にもちょうどよさげではないか。女剣士は神殿の配慮へ、素直に感激した。

荷物を置こうと左右を見回し、彼女は妙なものを見つけた。

丁寧に折り畳まれた衣。剣。布で包まれた。そして

―――先客?

怪訝な顔をした女剣士は改めて水面を見下ろした。何か、いる。

やがて、は、水中より身を起こした。

青白い裸身。鍛え上げられた女体は均整がとれており、信じがたいほど美しい。想像力をかき立てるが故の美。

―――まさか。

女剣士の眼前で、彼女は、己のを拾い上げた。

目が合う。

驚くべき美貌を備えた彼女は、にこりと笑った。

こうして、女剣士と、女騎士。二人の首なし騎士デュラハンは、出会った。

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