母に☆を入れられたのでご報告いたします(マヂ)

まずい。

女剣士の内心である。

状況を整理してみよう。

ここは鎧戸が窓にはまった2階の寝室である。右のベッドには老女が眠っているように見える。いや、魂魄が感じられない。死んでいるのか。

で、女剣士の真正面。女神官の肉体が乗っ取られている。顔の左半分を覆っている仮面の仕業であろう。

論理的に考えて、この館の主たる老女が女神官の肉体を奪ったのだ。恐らく若い体へ乗り換えたのだろう。明確に敵である。

で、その敵と対峙しているのが女剣士の生首。樫人形オーク・パペットに支えられねば手も足も出ない。さらに、この即興のインスタントな魔法生物の戦闘力はせいぜい小鬼ゴブリンと互角に渡り合える程度。女剣士自身も簡単な魔法は使えるが、他者の肉体を奪えるような高位の魔法使い相手に渡り合えるとは思えぬ。そもそも敵を傷つけるのは女神官を傷つけるという事で論外だった。

ひとまず逃げよう。女剣士の出した結論である。

樫人形オーク・パペットはくるりと反転。今来た道を急速に走り出した。

「おやおや。尻尾を巻いて逃げ出すのかぇ?―――者ども。捕らえよ」

前方の部屋から何やら粘土人形クレイゴゥレムやら空飛ぶ絨毯やらがわらわらと出て来た。勝てぬ。あの数は無理だ。

素早く―――あくまでも樫人形オーク・パペットの水準で―――階段へと飛び込むと、ゴロゴロゴロと1階まで落下。生首も転がる。痛くないのだけは幸いであるがどう考えても最悪だ。足が止まった。

と、そこへ。

さっき撃退した踊る剣リビングソードがふわりと飛来。マズイ。非常にマズイ。女剣士の魔法は使えてあと一回。だが魔法の矢マジック・ミサイル踊る剣リビングソードを撃退したとして残る敵に追いつかれて一巻の終わりである。

ええい胴体はまだか。自分の体ながら、女剣士は首から下へ

とりあえず樫人形オーク・パペットに命じて這い寄らせる。首を拾わせる。と、そこで樫人形オーク・パペットが真っ二つになった。踊る剣リビングソードの仕業である。マズイ。これはまずい。が無くなった。剣を握る少女武者の霊魂が、こちらを見た。

女剣士は樫人形オーク・パペットへと命じた。己を投げろと。

樫人形オーク・パペットは、最期の命令を忠実に実行した。

女剣士はまるで毬のように転がり、そして下への階段、すなわち地下室へ消えて行った。


  ◇


女剣士は考える。

死ぬかと思った。毬のように転がるなど早々できる経験ではあるまい。したくもないが。それよりも問題は敵だ。をなくしてしまった。もう一歩も動けぬ。時間を稼げば少なくとも胴体はここまで来れるが、その前に魔法で首を砕かれたらアウト。隠れることができればいいのだが―――あ。

周囲を見渡す。魔法の品物が大量にある。そして己が今いるのはそれらの中。何とかなるやもしれぬ。

女剣士は最後の秘術を詠唱開始。万物に宿る諸霊へと助力を願った。いつもより必死に。


  ◇


―――いない。

踊る剣リビングソードの魂たる少女武者は考える。

地下倉庫に降りて来てみたはいいものの、ここは魔法の品物が雑多に置かれている。隙間にでも入りこまれたら、あの生首を見つけるのは大変だ。

それにしても。気の毒に。

少女武者は心底敵に同情していた。自分とて敵を追い詰め、殺したいとは思わぬ。だが主人には逆らえなかった。

彼女は、主人―――老女に肉体を奪われたの犠牲者だった。あの老女の肉体が、この少女武者の本来の肉体だったのだ。それが、奪われた。更に、肉体から引き抜かれたこの霊魂は、少女武者が愛用していた剣に封じられた。踊る剣リビングソードへと無理やり転生させられたのだ。それからずっと奉仕させられてきた。何せ老女の肉体は自分のものである。報復したくてもできないまま、ずるずると何十年も生きてきてしまった。そして次の犠牲者が誕生。だがもうどうしようもない。今更復讐したところで、こんな体では老女の庇護なしに生きてはいけぬ。未来永劫この姿のまま生きねばならないのだ。

ああいやだ。早く仕事を終えて、に収まって、全て忘れて眠ってしまいたい。なのに相手は見つからぬ。どこへ行ったのだろう?


  ◇


眼前を通り過ぎていく踊る剣リビングソードに、女剣士は内心冷や汗を垂らしていた。非常に心臓に悪い。彼女の心臓は動いていないが。

それにしても。まさか変装ディズガイズの魔法が役立つ時が来ようとは。頭しか偽装できない魔法ではあるが、頭だけならいかようにでもなるのである。変装ディズガイズの魔法で壺に化けたのは前代未聞であろう。女剣士が初めてではあるまいか。ふははははは。いや笑っている場合ではない。

これだけ魔法の品々が転がっている中でなら、魔力を察知して発見される危険性は低い。後は胴体がたどり着くまで粘ればよい。―――のだが。

なんだ。何故あの少女武者はこちらを怪訝な顔で覗き込んでおるのだ。やめろ。こっちを見るな。怖い。

女剣士の顔は引きつっていた。


  ◇


―――こんな壺あったっけ?

踊る剣リビングソードの少女武者は、怪訝な顔をして足元の壺を検分していた。が、何せ彼女が触れられるのはもはや自分自身となった剣だけである。実体が剣の部分しかないので手で動かして確認するということが出来ぬ。剣の部分で押して壊れでもしたら後でこっぴどい目に遭うし。

と。その時だった。

上の階で何やら切断音。物が壊れる音。戦闘音である。

―――敵か!

少女武者は慌ててそちらへ向かっていった。


  ◇


どうやらやり過ごした!

女剣士は内心ほっとしていた。胴体到着まであと少し。一体何が起きたのだろうか?まあなんでもよい。命拾いしたのだから。


  ◇


女剣士の胴体が館へと到着し、入り口を蹴り破って突入した時。そこで、踊る剣リビングソードを筆頭とする多種多様な魔法生物の敵勢と刃を交えていたのは黒衣の少年だった。

彼は、飛び込んできた女剣士の裸身を見ると喜色を浮かべた。

「あ―――大変なんです!神官様が!!」

わかっている、とばかりに手を振り、そして抜剣する女剣士の胴体。彼女は、2階よりこちらを見下ろす女神官。いや、その顔を持つ

は、傲岸さを隠そうともせずに言った。

「やれやれ。胴体がついてしもうたか。こうなる前に頭を潰したかったと言うに。まぁよい。お前に、主人の体を斬れるかのぉ?」

斬れない。女剣士はそう断言できる。まあ女神官は主人ではなく友人だがそれはさておき。

だが、斬れないということは、剣を全力で振り下ろせないということを意味しない。

女剣士は、階段を駆け上がると、細剣を遠慮なく振りかぶった。

「ひぃぃぃっ!?」

の悲鳴にイラっと来る。ええい情けない。女神官の体でそんなひょろひょろした避け方をする奴がおるか!その女はうちの道場でも五指に入る腕前だぞ!!

女剣士による立て続けの攻撃。後方で戦う黒衣の少年からも非難の声が上がるが無視。

そして壁際へ追い詰められたに、刃が降りかかった。

咄嗟に身を庇う老女。その直前で、剣がしていた。

女剣士は細剣を手放し、踏み込み、そして仮面をはぎ取ると握りつぶす。

女神官の肉体は、そのまま崩れ落ちた。


  ◇


「―――寝ている間にそんなことになっていたとは。すまなかった」

女神官の発言である。

戦いのあと。命令者を失った魔法生物どもは大半が大人しくなった。踊る剣リビングソード―――少女武者だけは自立した意志で動いていたが、それも観念して床へと落ちた。

館の1階入り口。

生首を抱え、一糸まとわぬ女剣士。女神官。黒衣の少年。この3名に取り囲まれているのは少女武者である。少女武者は、全てを正直に話した。

あの仮面に宿っていた老女の魂は、今まで何度も肉体を交換してきた邪悪な魔法使いなのだと。少女武者自身も肉体を奪われ、踊る剣リビングソードにされてしまったのだと。今2階のベッドで冷たくなっている老いた肉体こそが、少女武者本来の体なのだと。女神官も魂を抜き取られて何かの道具にされるはずだったのだと。

その意味では女剣士の動きは間一髪であった。さもなくば間に合わなかったであろう。

少女武者の霊魂は跪き、そして懇願した。この剣を砕いて、己を殺してくれと。あの肉体はもう死んだ。仮に戻れてもあそこまで老いてしまえば長くは生きられぬ。だから、どうせなら今すぐ殺してくれと。

一同は顔を見合わせた。

聞いてみれば随分と悲惨な身の上である。女剣士としても他人事ではない。ひょっとすればあの古城で女神官を殺し、そして未来永劫吸血鬼の奴隷として生きねばならなかったやもしれぬのだから。

女剣士は、思案の末告げた。

「……ぁ………」

この日から、彼女の腰に吊るされる剣は3本となった。

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