第五話 雷鳴の館

たまにはこういうのもいいよね(館もの)

おかしい。前にもあったぞこんなこと。

女剣士の感想である。

彼女はの中から、より外の光景を見ていた。

何やら粘土人形クレイゴゥレムが、ベッドですやすやと眠っている女神官を縛り上げている。女剣士がを張り上げても反応すらしない。どうなっている。また一服盛られたのか。

やがて粘土人形クレイゴゥレムは、女神官を担ぎ上げて部屋の外へと出て行ってしまった。

訳が分からない。

女剣士が今いるのは、木箱の中。そこへ彼女の生首がすっぽりと収まっているのである。女剣士が魔法を簡単なものながら覚えたので、いざという時ごまかしも効くであろう、という事でここへ連れてこられたわけだが。

今いるのは山中の館。突如豪雨の襲撃を受けた一行は、たまたま発見したこの建物へと退してきたのである。風邪をひいてはたまったものではない。女剣士の首から下は埋葬するべく別の場所まで移動したが。

まあここまでは良い。

館の主人は仮面で顔の半分を隠した老女だった。魔法使いだという。実際館の中では多数の魔法生物が与えられた仕事に勤しんでいた。

これもよい。

女神官と黒衣の少年は、替えの服を貸し与えられ、器に湯まで提供され、体を綺麗にふいた。その後、夕食にまねかれた。部屋に置いて行かれた女剣士としては内容までは聞いていないが。

魔法使いという事なので女剣士の首を紹介してもよかったのだが、ご老体に生首を見せるのもどうかという判断でやめたのである。結果的にそのおかげで今ともいえる。

女神官はベッドにもぐりこみ、そして今に至る。

本当にどうしてこうなった。2回目ではないか。

山中の別の場所では女剣士の胴体が今、土から出て細剣片手にこちらへ向かってきているところだった。全裸で。だが体が到着するにはいささか時間がかかる。冷静に考えれば今動き出すのは拙速と言えよう。今の女剣士は無力な生首である。だが女剣士自身の例もある。急がなければ女神官までもが女剣士と同じような体にされてしまうかもしれぬ。

そこまで考慮すると、女剣士の霊魂は呪句を

木箱に一緒に入れられていた樫の細枝がむくむくと膨れ上がる。狭い。こら早く外へ出ろ。

ぼとり、と木箱の外へ倒れたそいつはさらに膨れ上がり、やがて醜悪な木の人形が出来上がる。樫人形オーク・パペットと呼ばれる魔法生物である。魂を持たず寿命は大変短い。大きさは大きな子供程度。不器用で頭も悪いが女剣士の首を運ぶくらいはできよう。

そいつに命じて己の首を取り出させる。違う、そっちじゃないこっちこっち!

悪戦苦闘しつつもなんとか首が、箱から取り出された。いやはや。

前へ進ませる。違うもうちょっと右、いや左だ!ドアを引け!これだと理解できないのか、手を伸ばせ!やや左!やや上!もうちょい!

つかれた。たかがドアひとつで何故ここまで苦労せねばならぬのか。

廊下に出る。左右を確認したいが首を旋回するのすら不可能。ええいこの樫人形オーク・パペットめ、少しは気を利かせい。

対面が黒衣の少年に与えられた部屋。期待薄だが覗いてこう。

先と同様の悪戦苦闘をしてドアが開いた。中には縛り上げれて転がされた少年がすやすやと眠っている。

樫人形オーク・パペットに命じて蹴りを入れさせても起きぬ。やむを得ぬ、とりあえず縛った縄だけでも解いておこう。刃物がない。だが問題ない。私の剛力は胴体だけではない。首もだ。かじり切ってくれよう。ぎりぎり。

さて。では外へ出ようか。

再び廊下の外へ。

あ。

ばったり。

眼前に浮遊しているのは剣。いわゆる踊る剣リビングソードという奴だ。持ち主もなしに浮遊して剣が自ら襲い掛かってくるという魔法生物である。女剣士の霊的な視覚には、剣を握る霊が見える。中々に見目麗しい少女武者と言った塩梅か。あちらもぽかーんとしている。どう考えてもこれは敵である。まずい。

樫人形オーク・パペットに命じて走らせる。

の霊を突き抜け、疾走。ここは1階。館主の部屋はおそらく2階であろう。しまった確認しておけばよかった。

踊る剣リビングソードが追いかけてくる。まずい。魔法を詠唱。もどかしい。

発動したのは魔法の矢マジック・ミサイル

それは踊る剣リビングソードを打ち据え、弾いた。握る少女武者の霊もそれに引きずられて吹き飛んでいく。剣に魂を束縛されているのであろう。立ち直るまで時間がかかるはず。この隙に階段を駆け上がらねば。

2階。樫人形オーク・パペットの動きはのろい。だが今はこいつしか頼りにならぬ。黒衣の少年が起きていればここまで苦労せずに済んだものを。

やがて上り切った先、奥まで進む。そこが館主の部屋だろう。

扉を開ける。いい加減スムーズになって来た。こんなことに習熟してもどうかと思うが。

そして開いた先。鎧戸のこちら。雷光が差し込む部屋、煌々と灯りライトの魔法が照らし出す中で。

その女は、こちらを振り向いた。

―――女神官!

顔の左半部を覆う仮面をつけたそのまなざしは、とても冷たい。

「―――ほう。まさか神官が死にぞこないアンデッドを飼っていたとはねぇ」

―――違う。彼女はこんな喋り方をしない。そんな目で私を見ない!!

女剣士の霊的な視覚。それには、眠りに就いた女神官の霊魂と、そして彼女の肉体をわが物のように扱う仮面の霊魂が見えていた。

肉体を奪われたのだ。

―――どうする?どうやれば、彼女を救える?

雷鳴が、鳴り響いた。

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