やっとここまでたどりついた……(長かった)
目が合った。
大賢者が女騎士の生首の目を覗き込んだ瞬間、それは爛々と輝き出したのである。
吸い込まれる。魂を引き寄せられる―――!
咄嗟の
大賢者の強壮なる霊魂は、女騎士の魂による抱擁を振り払い、その生命を吸われる事を回避した。
とはいえ、無傷だったわけではない。凄まじい疲労。ダメージ。立っているのもやっと、というほどの被害を被っていたのだ。
仰け反り、後ずさった大賢者は、刃を取り落とした。
◇
―――あああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
強烈な快楽。愉悦。意識が飛びそうになる。堕ちる。脳天から足先まで貫くようなそれをしかし、女騎士はこらえた。
これと比べれば苦痛の方が何千倍マシだろう。苦痛には打ち勝てても快楽には勝てぬ。
使ってしまった。悪しき魔力を。生命を啜りとる力を。封じていたというのに!
駄目だ。化け物になってしまっては駄目だ。正気を保たなければ。耐えなければ!!
女騎士の強靭な精神力は、紙一重の所で踏みとどまった。快楽の狂気に耐え抜いたのである。
しかし、その葛藤。無意識のうちに力を抑えてしまったが故に、彼女は敵を屠る最後の機会を逸していた。
倒しきれなかったのだ。大賢者を。
胴体はまだ遠い。どころか立ち止まってしまった。この快楽に負けて悶えているのだ。間に合わない。
眼前の敵は立ち直るとしかし、振り返った。赤子へと歩み寄ったのである。
◇
思わぬ被害を被った。あのような切り札があったとは!
大賢者は考える。
こうなれば、一刻も早く封印を解かねば。もはやこの身がどうなろうと構わぬが、大願だけは何としてでも成就しなければならぬ!!
赤子に手を伸ばす。先ほどから赤子を通じ、封印と己との間に繋がっている経路を再度、活性化させる。
封印の鎖。その本体の錠へ、手を伸ばす。
ひとつ。ふたつ。鎖が次々と外れていく。
―――残るは、最後の鎖のみ。
勝った。私の勝ちだ。暗黒神よ!やりましたぞ!!
ははははは――――
そして、大賢者の首は、飛んだ。
◇
立ちつくす大賢者の体。
それには、首がない。駆けつけた女騎士の胴体。彼女の振るった剣が刎ねたからである。
やがて、大賢者だった屍は、倒れた。
「……ぅ」
光が収まり、ゆっくりと降りてくる赤子。術者が斃れた故であろう。
それを女騎士は受け止めると、振り返った。その先に倒れているのは死霊術師。女騎士は駆け寄ると、すぐさま彼を助け起こした。
「……あー……痛ぇ」
「…ぉ……」
「ああ、やったな……大丈夫だ。死にはしねえから」
「………ぁ……」
「泣くな……」
見れば、
「それより……赤ん坊は無事か……?」
「…ぉ……ぉ……っ」
「そうか……よかったな……となると問題は、あのデカブツか……」
女騎士が振り返った先。水平線に屹立する威容。
星神の神獣。
そいつは、身震いすると、右腕を振り上げた。
―――URRRRRROOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!
閃光が走った。
◇
地上に落着した神獣。その右腕が真上へ振り上げられると、膨大な霊力が集中した。
本来よりは少々手間取りながらも臨界へと達したそれは、強烈なエネルギーの奔流として、腕の尖端より迸った。
それは、光にも等しい速度で大気の層を抜け、星界を渡り、月の表面に命中。それで終わりではない。薙ぎ払われたエネルギーは、月の表面を縦断する溝を、穿った。
月の直径にほぼ等しい長さ、海溝にも等しい深さの大運河を作り出したのである。
その時、天を見上げていたすべての人々が、その光景を見た。
神話は真実だったのだ。
◇
「どうすればいい……?どうすればあいつを止められる?」
さしもの死霊術師も、心底震えあがっていた。
神話にたがわぬあの威力。間違いない。あの怪物であれば、太陽すらも破壊することができよう。地上に暗黒の時代が訪れるのだ。
人の類は滅ぶだろう。陽光の加護なくして生き延びる事などできようはずもない。
死霊術師は、大賢者の死体―――まだ肉体と繋がっている魂魄を見やった。彼は神器を用いて神獣を殺せると言っていた。彼ならば知っているはずだ。あの怪物を屠る方法を。
負傷した死霊術師に代わり、女騎士が大賢者に駆け寄った。
大賢者は、女騎士に肉体から引きずりだされても平然としていた。高位の魔術師の霊魂である。以前捕らえた捕虜とは異なり、事が終わるまで口を割らぬ自信と覚悟が彼にはあった。
少々痛めつけても口を割らぬ大賢者の霊を投げ捨て、女騎士は周囲を見渡した。何か。何かないか。何か手は―――
目についたのは、紅い欠片。
女騎士はそれに歩み寄り、覚悟を決め、手を当てた。
神器の欠片は、手を内へと飲み込んだ。
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