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変身巨人トロゥル

家屋のごとき大きさの毛むくじゃらの巨人。中州を守る最後の防衛線として水際に配されていた怪物は、夜闇の中、遥か水面の向こうより疾走してくる死霊術師に警戒の視線を向けた。

彼は思考する。

大丈夫。奴は自分を殺せない。前の時は逃げる一方だったではないか。ましてや今回は骸骨兵を連れていない。傷つける事すらできまい。間近に迫った死霊術師。今度は赤子を奪うわけではない。遠慮はいらない。捕まえて、むしゃむしゃと喰ってしまおう。

そうこうしているうち、死霊術師が眼前に迫る。

変身巨人トロゥルは手を伸ばした。敵は紙一重でかわし、裂帛の気合。

敵が放った魂の拳アストラル・フィスト変身巨人トロゥルの魂魄に直撃。ショックで肉体からはみ出たそれは、しかしたちまちのうちに体へと舞い戻る。

これも前と同じだ。芸がない。

だが、変身巨人トロゥルが立ちすくんでいる隙に死霊術師は何かを突き刺してくる。チクリ。小癪な。だが時間の問題だ。えい。この。すばしっこい。いや。体の動きが鈍い。しびれて来た。これは一体?

突如言うことを聞かなくなる変身巨人トロゥルの肉体。それは硬直し、痙攣し、そして倒れた。

変化の魔法が解け、石と化していく肉体。

最期に彼が見たのは、こちらに背を向けて走り去る死霊術師だった。


  ◇


「うまくいったか……」

敵の絶命を確認し、死霊術師は呟いた。

変身巨人トロゥルが待ち構えていることは予想できていたから、彼も用意してきた。変身巨人トロゥルを屠ったのは魔法の。それは怪物の全身を巡りそして生命を絶ったのである。

中州はそれなりに広い。敵の戦力も分散せざるを得ず、ここに配置されていたのは変身巨人トロゥルのみだったようだ。

「……ぁ」

「そうだな。急がにゃならん」

女騎士の生首へと答えた死霊術師。彼は星灯りの下、低木の生い茂る中州を横断すべく走り出した。

目指すは、環状列石ストーン・サークル


  ◇


―――何かが私を引き寄せる。

をこの軌道にとどめ置くための。それを破る力を、は鋭敏な感覚で察知していたのである。

は考える。

星霊どもが慌てている。今頃気付いてももう遅い。私はここから堕ちる。残る鎖から解き放たれれば、もはや自由。そうなれば何を壊そう。何を殺そう。素晴らしい。敵を滅ぼせるのだ。私を恐怖させるものを消せるのだ。この終わりなき恐怖。それを取り除けるのだ。だが、まだ鎖が1本外れただけに過ぎぬ。何者が鎖を外そうとしているのかは分からぬが、全てが外れるまでは我慢せねば。


  ◇


力ある詠唱が終了。儀式の第一段階を成し遂げた大賢者は安堵のため息をついた。とはいえ儀式はまだまだこれから。後二つの段階を踏まねばならない。

掲げていた赤子から手を放す。その身は、支えなしに宙へと留まった。体からは翼を象った光を放ったまま。

祭壇に置かれた神器の欠片へと目をやる。次はあれの出番だ。鋼の戦神マシンヘッドの神器へ命令を与えなければならない。残る封印を解くのはその後だ。

だが背後が騒がしい。どうやら敵が来たようだ。

ちょうどよい。奴らにも見せてやろうではないか。神獣の威容を。


  ◇


中州近くの水上。

最後の敵船を沈めた女騎士は、夜空を見上げた。何かが落ちてくる。

それは、流れ星だった。星界に存在する岩塊が落下する事こそが流星の正体である、ということは賢者たちや星神の神官たちの間でこそ定説になっていたが、女騎士にはその知識はない。

ただ、あれが何か途方もなく巨大で、とてつもなく強力な存在である、という事だけは、察せられた。一体、何が。

呆然と眺める彼女の頭上を突っ切り、それは中洲の向こう、水平線の向こう側、大河の上流へと落下した。

落下地点。

そこで最初に生じたのは、閃光。

途方もない光が吹き上がり、そして次に生じたのは、風。

そよ風。かと思えばそれは瞬時に、強風となり、暴風となった。水が波立ち、津波へ成長した。

全てが吹き飛ばされていく。

浮遊する軍船の残骸も。水上で木切れに抱き着いている小鬼ゴブリンどもも。前方の中州、そこに生い茂る低木も。表土も。その全てが。

波に飲み込まれ、暴風で吹き飛ばされ、水面に何度も叩きつけられた女騎士がのは、死者ゆえであろう。流星ですら彼女を殺せぬのだ。

破局は急速に収まった。

水面に彼女は、呆然としつつも立ち上がった。今のは、いったい。

その視線の先。中州の島は見るも無残な姿となっていた。中央の環状列石ストーンヘンジ以外の全てが消滅していたのである。樹木も。そこにいたであろう敵勢も。

そして、その向う側。水平線上のあれはなんだ。小山のごとき、あの巨大なものはなんだ。

そいつは、龍だった。

長大な角は半ば欠け、右脚と左腕を失い、三本の巨大な刃―――槍?剣?―――が、左胸、腹部、尾を貫いていた。

鋼でできているのだろうか。その姿はまるで、全身が最も鋭利な刃を千倍にも研ぎ澄ませたかのよう。だが赤い鋼など、この世にあるのか?いや、そもそもあれはこの世の存在か?全身に刻まれた白い直線が、奇怪な文様を生み出していた。

女騎士は、その存在を知っていた。神話として。ただのおとぎ話、戒めのための物語として。

すなわち。

―――星神の神獣


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