ファンタジー世界における賢者の利便性(賢者ありがとう)
「ぉ……」
「そうだな。街に着いたら衛士に通報するか」
夜の森の中。道なき道を進むのは、小脇に首を抱えた女騎士。次いで赤ん坊を抱いた死霊術師。そして最後尾は背負子を背負った骸骨兵。
彼らはいずれも、大量の荷物を背負っていた。先日入手した2人分の戦利品のせいである。人体のかなりの部分が水分であり、呪物と化した肉体はほぼ乾燥させているから、かなり軽くなっていたとはいえ。
街に着けば、その一部は交易に用いる予定だった。
先頭を行く女騎士は、森の悪霊騒ぎの時の魔剣を腰に帯び、そして上半身を白骨で出来た奇怪な甲冑で鎧っていた。大の男2人分の骨格を丸々使って生み出された魔法の鎧である。以前から甲冑が欲しいとは思っていたがまさか鍛冶師に頼むわけにもいかず、延び延びになっていたのをこの機会に新調したのだ。その下は今まで通りの村娘風の服装だが、意外と調和していた。着用者が鍛え上げられた肉体を持つ麗人だからだろう。首の断面も覆っているのが普通の甲冑との最大の違いである。
彼らが目指しているのは近くの港町。大河には橋が存在しない。巨大すぎるがゆえである。渡し船による交通が盛んで、件の港町もそれで発展した都市のひとつだった。大河はこの大陸を東西に分断する河川で、物好きな賢者が調べたところによると、北の果て、冬には凍り付く海のすぐそばにそそり立つ巨大な山脈から湧き出る水が源流らしい。それが南へ流れてくるのが不可思議だった。川というのは基本的に、より海に近い側へと流れるものだからだ。
2名の捕虜から得た情報より、暗黒神の教団が赤ん坊を狙っていると結論付けた一行は、赤ん坊を港町の神殿へ預けることに決定した。暗黒神の信奉者は闇の種族同様、人の類共通の敵である。通常ならば魔法使いの通報では動かぬ都市の衛士たちも動くだろう。敵がどの程度の規模かは判然としないが、まさか近隣有数の都市である港町に対して大々的に手出しできる程ではあるまい。
もちろん、暗黒神の教団側も、その事実は重々承知していた。
◇
「……う……ぁあ……」
その男が現れたのは、一行が野営地を撤収し、荷物を背負おうとしているときだった。
彼は女騎士の姿を見ても驚かなかった。いや、見ることができなかったのだ。
その両目は、潰されていたから。
「た……助け……」
うわごとのように呟く彼が見た目通りの生きた人間であることを確認すると、ローブの死霊術師は声をかけた。
「大丈夫か?」
「……ぅ……ぁあ……誰か……」
滓かな腐臭に怪訝な顔をしながらも、魔法使いは女騎士へ頷いた。師匠の諒解を得た女騎士は、首を小脇に男へ駆け寄る。
「う……ああ……ぅぁぁぁあああああああ!」
男が絶叫を上げたのは、女騎士が手を差しだした時。
図形と文言で封じられていた魔力が活性化し、そして巨大な爆炎となって衝撃波をまき散らす。
完全な零距離でその一撃を受けた女騎士が即死しなかったのは、甲冑の魔力のおかげであろう。
だが五メートルも吹き飛ばされ、立木に叩きつけられた彼女の肉体は限界だった。
それだけでは終わらない。
周囲の木立から現れたのは、頭巾で顔を隠した男たち。彼らが手にしている小剣の素材は、銀。魔を払う力を秘めた鉱物より生み出された刃だった。更に。
―――それは、羽根音だった。
上空より投げ落とされたのは、全身毛むくじゃらの醜悪な小人。いや、そいつは小人ではなく巨人として、地響きを立てて着地した。空中でその体を膨れ上がらせ、まるで家屋のごとき大きさとなったからである。闇の種族が一たるその名を
そして衝撃波をまき散らしながら低空へ影を落としたのは、翼と化した前肢と毒針の尾を備える巨大なトカゲ―――
最大の戦力を失った死霊術師を包囲する悪しき軍勢。
じりじりと接近してくる敵勢に、さしもの死霊術師も気圧された。
『さあ。殺せ!そして我がもとに、赤子を連れてくるのだ!!』
見上げた先。上弦の月が照らす中、宙に浮いていたのは、漆黒のローブに身を包み、その顔を深く隠した強大なる霊体。
「―――
高位の魔法使いがアストラル界へと投射した幽体。それが、物質世界へと顕現した姿であった。
『ふはははははははっ!!』
哄笑が木霊する。
月下の死闘が始まろうとしていた。
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