第二幕
『...第一及び第三から第九小隊、作戦行動へ移る』
『了解。―――あ!ネヴァン隊長殿!御武運を!』
小型艦の操縦室から若いハビア兵が、目の前を通った一機に向かってぎこちないハビア式敬礼をするのが見える。
隊長と呼ばれた機体は小型艦へ向かって"了解"の信号を短く光らせると、そのまま部隊を引き連れ、暗い海へ前進していった。
○○●●
「おやっさん!ちょっと、あの新型はなんです?」
「新型?」
「あれですよ、ほら!羽根の付いた灰色の―――」
若い整備士が眼を輝かせ指差した先には、
「あぁ、四枚羽...ダメダメ、あれは管轄外。うちのじゃない」
「じゃ―――どこのです?」
「こないだの定期報告聞いてなかったのか?EVANON社だ。連合国司令部からの贈りもんさ...言っとくが、ありゃ専用のパイロットがいるぞ。勿論、整備だって...見ろ、あの赤服どもだ。彼奴等が全部やる。もう一機あれの他にもいるが―――」
赤い作業着に身を包んだ整備士達は、二人の使っている工具とは外見も、恐らく用途も違う、何やら怪し気な機械を四人掛かりで弄ったり覗き込んだりしている。しかし若い整備士はそんなことには目もくれず、これからあの機体を独り占めするであろう、羨ましい限りの搭乗者の推理を始めていた。
「専属パイロット...?そんな凄いのいたっけな...イドールは逝っちまったし、アジャタは勿論違う...そうかなるほど、それであのガキ達か...畜生」
「おめえも十分ガキだ!おら、Q系のパーツがきたぞ!」
たった今到着した、様々な微細パーツを載せている小型
見ると、ちょうど一つにか細い腕が取り付けられているところだった。
「ガキが戦争ねえ...情けねぇもんだ」
「じゃさっき届いたんだ」
「みたいよ」
若い二人の男女は木陰に座っていた。
遠目から見て、その若者達は初々しいカップルにでも見えたことだろう。そして立ち止まってよくよく観察した者はそれが慣れ親しんだ姉弟なのだと気付かされる。
一見誰もが見慣れた、どこにでもある光景ではあるがしかしそれは、二人の座っているベンチが連合軍所属の大型巡洋艦艇、"錆び鯨"内の植林エリアでなかった場合の話だ。殊ここに於いては、二人は異様な存在だったのである。
「僕、ここ好きだな」
「それ本当?私は...どうだろう、無理矢理押し込められたようで...」
「何が?」
「植物よ」
辺りに所狭しと生えた色とりどりの樹や根、小さな花を彼女は見渡した。
中には天井にぶつかってやや直角に折れ曲がった歪なものもある。
「もっと広々としたところで、うんと美味しい空気を吸わせてあげなきゃ...これじゃ牢獄みたい」
彼女は足下の、名も知らぬ雑草の先を撫でながら言った。
「でも、この辺りは軍事ステムばかりだよ?植林専用の大きなスペースがあるところなんて今時そうないんじゃないかなあ」
「これからもっとこういうところが増えていくんだ...。なんか、嫌だな」
少年は自分の半開きの掌の皺を何の気無しに、一本ずつ何度も眼でなぞっていたがふと突然思い出したように呟いた。
「ヨタ、そろそろ帰ってくるかも」
「そうね。機体のこともあるし、一度戻りましょうか」
二人がベンチから腰を上げたちょうどその時、通路の方からけたたましい警報音が鳴り響いた。
『緊急出動警報。緊急出動警報。敵影確認。各パイロットは至急出動待機せよ―――』
咄嗟に顔を見合わせると、お互いの意思を確認するまでもなく、二人は一斉に駆け出していた。
「どの道格納庫じゃないか!」
"錆び鯨"といった巡洋艦、戦艦などから民間の輸送船まで...様々な船がその茎から分かれた枝のような部分、
「どういうことだ!何故防衛網が全て機能していない!哨戒部隊はどこへいった!」
状況のあまりの異常さに、最早怒り狂うことしか出来なくなっている者が殆どだった。
「現状報告と本部への支援要請急げ!」
「エンゲラー部隊を226Cから呼び戻すんだ!」
「第三、第七格納庫、及びメインゲート内で火災発生!詳細不明!」
「敵総数は!?」
「ステム内第一節で大規模停電が起きています!」
「残っている兵は全部出せ!全部だ!!」
室内に何百とある薄い橙色の半透明モニターの幾つかには、現在地に向かってくる何十もの赤い点が映し出されている。それらがフロンティア戦線と呼ばれる、デブリだらけの宙域で連合軍と攻防を繰り返す『ハビア主国』の襲撃を意味しているということだけは、皆の中で明らかだった。
「中佐」
一人の兵がかなりの数の記章を付けた軍人の耳元で、小さく囁いた。中佐と呼ばれた男は周囲を目だけで素早く見渡すと、先程の兵の方へ微かに耳を傾けた。
「40分前からドレナ駐屯地との連絡が取れません。それに―――敵の動きは明らかに異常です。恐らく内通者が紛れ込んでいるかと」
ドレナ駐屯地はフロンティア戦線の連合軍最前線軍事基地の一つである。その基地と数日に数十分、決まった周期で連絡がつかなくなるのは、ここ数ヶ月前から頻繁に起こっていた。しかし原因は毎度のこと、年々増え続けるフロンティア宙域のデブリから発生する磁場によるもので、それも近々連合軍と提携企業が協力して一斉除去する手筈だった。
「...醜いハイエナどもめ―――」
中佐が脂汗を必死に隠しながら奥歯をこれでもかと噛み締めていると、突然部屋の入り口の方で室内とは雰囲気の違う、怒鳴り声、もとい焦り声のようなものが聞こえてきた。
「貴様ッ!!何をしている!!」
中佐を含む何人かが振り向くと、彼等の視線の先には数人の連合兵が立っていた。
何時もと変わらず彼らのその手には連合軍正式採用銃が握られていたが、おかしなことに、銃口は全て中佐ら司令室の者達へ向けられているのだった。
「我々はメゴニアの民である!下賤なトルメリノ人どもよ!今こそ正義の炎に灼かれるがいい―――!!」
タゥとミレットが全容詳細不明の戦場へ赴く為、錆び鯨の格納庫に入るとそこは混沌としていた。連合軍主力の機体、クェーサーはいくつか出ていたが、それでも全機は出ておらず殆どがそのままだった。よく見ると整備士は勿論のこと、軍服姿の者、果ては私服の者まで格納庫内を走り回っている。何人かいる連合軍パイロットは、出撃せずに、コックピットの中で必死に誰かと話し合っていた。
「何故出ちゃいけない!」
「知るかよ!司令室からの通信が途絶えたんだ!」
「もう出ちまった奴もいるってのに...!どいてくれよ!どけったら!」
既にパイロットスーツを着込んでいた二人は、当然の如く自分の機体の下へ走った。しかし二人の機体を調整していた赤服の整備士達が忽ち目の前に立ち塞がった。
「駄目だ!
「離して!」
どうにかして自分の機体、ダーナヴァに乗り込もうとするタゥを整備士達が抑えた。
と、そのとき急に地鳴りがしたかと思うと、足下がぐらりと傾いた。整備士や他の者達も一斉によろめく。
「何?どうしたの...?」
するとタゥは何かに気付いたようで、見えない誰かに向け叫びだした。
「―――そんな!駄目、ヨタがまだあそこにいるのよ!」
ミレットが何事かとタゥを見ると、彼女はすぐに振り向き、事態をまだよく呑み込めていない少年へと言った。
「この艦はここから逃げるつもりなのよ!」
未だコックピットに乗り込もうとしている彼女の横で、ミレットは左側にある鋼ガラス窓からそっと艦の外を見た。黒い星の海に細長いステム112が浮かび、奥では大量の花火のようなものが瞬いている。それらはまだ遠くで点滅しているものの徐々に近づきつつあった。
その中でまた一つ新しい小さな光が見えた。彼は何故だか知らないが、その今将に消えゆく光の一つをよく知っていたような気がした。
SPACE APOLA @YURAHA7
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