SPACE

APOLA

第一幕













揺れる



 煌めく




 仄めく煙




















「私?わたしはねぇ......先生」


 タゥが最後のカードを捨てた時、針は4時を通り越していた。

彼女は半分自慢げに、半分退屈そうに長い溜め息をついた。


「またか!今度は風が吹いてたと思ったのに!」

「ヨタ、こればっかりはどうにもならないよ」


 左腿にある筈の失くし物を探していた少年、ミレットがテーブルの下から宥める。


「ID、落としたのかな」


 と彼が呟いた。


「いっそ新しいのに変えたらいい。ボロボロだったし」

「駄目よ、また上官が御怒りになるでしょう?見つけるべきよ」


 そう言ってタゥはテーブルの上に散らばったカードを掻き集めた。


「そろそろ行かなきゃ。チェリーヌさんの所に寄るから、また後でね」


 タゥは集めたカードの山をヨタの方へ押しやると、急いでバッグを肩に掛けて席を立ち、ステム112-第3ノードにあるカフェ"泡立てクリーム"から出ていった。


 ヨタは押し付けられたカードの上下をゆっくり揃えながら、カードとテーブルを去るタゥとを交互に見ていたが、彼女の姿が見えなくなった途端ミレットの右肩へと視線を傾けた。


「なんで先生だと思う?」

「さぁ、わからない」


 ミレットはそう言うと綺麗に片付けられたテーブルから目を逸らし、未だ右肩を見つめ続けるヨタにも訊ねた。


「ヨタは?」

「え?」


 数秒空け、ヨタも右肩から上へと視線を向ける。目が合った。


「ヨタはどうするの?」


 すぐにまた視線を逸らしたヨタは辺りを片方だけ見渡し、飲みかけのグラスを一気に呷った。


「やっぱり科学者?」

「あぁ...うん。そうかも」

「君なら何にでもなれるだろうな、何にでも」


 それはあまりにも不意なようにさえ思えたが、その時突然、空になったグラスを置いて彼はミレットに訊ねた。


「お前はどうなんだ?」


 ミレットは答えられなかった。というより、答えを知らなかった。

それは彼のせいではなく、そう生前にプログラムされたから故のことであったが、ミレットはどこか申し訳なさそうに口を噤んでいた。

彼が長い間そのままでいると、バッグにカード束を詰めてヨタは立ち上がった。


「ミレットも何か...考えてみるといい。考えるだけでも。ずっとこのままって訳じゃないんだから。いつかは戦争も終わるし、俺達の役目も終わる。きっと」


殆ど最後のほうは聞き取れなかったが、それでも彼が、しっかりと年下の少年を励ましていたことは明らかだった。


「なあ、俺たちはただの兵器じゃない。ちゃんと生きてる。そうだろ?」







 どこかの道すがら、ミレットの頭の中ではいつかのヨタの言葉が時々光っては、ぐるぐると灰色の渦を巻いていた。




 ―――ただの兵器じゃない




兵器じゃない







生きてる










いきてる










 ●●●○






 彼は逃げていた。



どこまでも続く、先の見えない、暗い通路を走っていた。



「...殺せ!!」


苦しい。

 

「....やめてくれ!妻が!子どもがいるんだ!」

「何をやってる!回り込め!!」


熱い。


「そっちに二人、いや三人だ!」

 

「いたぞ!!奴だ!」



痛い。






彼は右手に拳銃を握っていた。


しかしその使い方を、彼はよく知らなかった。







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