第4話「そして、やって来た」

 それはとても運命的な出会いでは無かった。

 それなのに、どうしてこんなにも脳裏に焼き付いているのだろう。

 必然。

 運命だ、なんてそんな小さなものじゃない。

 これは、起こりうるべく起きたことなのだ。

 うふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。

 うふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。


 それは。

 後日、フェクシェマ家屋敷にてこんな日記を発見したハウスメイドは、ブルブル震えながらそっと無かったことにしようとした。だがこんなもの一人だけで黙っているなんて、変な重圧に押し潰されそうになったそのメイドは、涙目になってメイド長に相談した。

 その後、その日記のことは、発見したメイドとメイド長しか知らないものとなる。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「大分、日が傾いてしまわれましたな」

 それは余りにも早すぎた。

 イーバルの実に緻密で見事な計画だったが、モンテ子爵ご令嬢との縁談。それが見事に崩れてしまったのだ。

 いや、対応は見事のもの。相手に粗相無く、失礼の無い最大の礼儀に則って、堂々たる貴族として『御断り』をもらった。しかし、礼儀正しいからこそイーバルは

(もしも、領主たるシュヴァイン様に対し、失礼極まる行動を取っていれば、そこを逆手にとって政略結婚させたものの……)

 イーバル・ドッグス。

 そのフェクシェマ領において高い位置が座しているこの男が無能の筈がなかった。主に対して多少過保護な面があるにしても、厳格さをもって接している。激しく厳しく、主の行動を諌める者。同時に『忠義』こそ彼・イーバルのすべてだった。

 例え外道な行いをしようが、主とフェクシェマの為なら喜んで身を投じる、この時代においても大変珍しい者だった。

 だが、今回のような礼儀に重んじる性格も持っている。故に、簡単に相手を没落させる方法があるにしても、無用な恨みも買うつもりもはない。だからなのか、モンテ子爵御令嬢の『礼儀』に重んじたその行動には逆に、感銘を受けるくらい見事なものだった。

 逆に、理解してしまう。

 フェクシェマ領主たるシュヴァイン・フェクシェマとの縁談。名前だけならなんとかなったのだろうか。いや、シュヴァイン・フェクシェマの名は善くも悪くも(悪いしかないが)領内で知らぬ者などいない。山奥に住まう住民でさえも知っている。

領主なのだから当たり前と言われるが、実はそこまで知られないようにしていたのだ。

 先代領主、シュヴァインの母であるヒカリ・フェクシェマは最大の注意を払って『隠蔽』したのだ。愚息のことを隠したのだ。

 そんな事実、当の息子からしたらショックなことだろう。余りの可愛さからきて、誰にも知られたくない、という親ばかな理由ならまだ良かった。だが、残念ながら余りにも愚かすぎたから隠したのだ。領主の子供の情報を。

 その話は、実はシュヴァインは知っている。イーバルも知っている。というかその母親・ヒカリが当の本人の目の前にして言ってしまったのだ。しかし、それは賭けであった。

 先代領主、ヒカリは息子に憎まれても別によかった。その反骨精神を期待したのだ。憎かろう母親を蹴飛ばす野心家になってもらいたかったのだろう。

(しかし……シュヴァインさまは、変わらなかった)

 目の前に座り、本(怪しい雑誌)を読んでいるシュヴァインは破棄となった縁談に気を良くして、隣に座るリッカに話しかけている。

「ねぇねぇ、縁談も無くなったことだし、今日はお屋敷じゃなくてどこかホテルに泊まろうよ、島国・ヤマヒノモトのが経営する『旅館』ってホテル泊まりたい」

「領主さまがいきなり来られては驚かされてしまいますよ? ここは大人しく帰りましょう、ねぇ? はい、チョコがふんだんに塗られて吐きそうになるようなマシュマロですよ~。あ~んしてください」

「あ~~ん♡(あれ……? なんか言葉の中に素直な気持ちを聞いたような気が……)」

 それを嬉しそうにお世話しているのは、だった。

 それは大変美しく、ピンクの髪を背丈まで長くしておきながら優雅に見えて、気配り良く主のお世話をしているメイドさんの姿。

 だが、分かって下さっているだろうか。男の主が外に赴くとき追従する者は大抵は『同性』なのである。であるなら、シュヴァインの横には従者ヴァレットの少年か、青年など歳若い男がいるはずなのに、何故かそこにはメイドがいる。しかも美が付いてしまうメイドだ。大変可愛らしく美しい。

「……リッカ。余り甘やかすでない」

「その変わり、イーバルさまたち家臣さま方が厳しいではありませんか~。なら、従者たるぐらいはご主人様の為に何かしてあげたいです~」

「……………………」

 語尾伸ばしてんじゃねぇよ、とか思ってはいけない。

「大体、イーバルさまだって全く悪いって訳じゃないんですからね。主の意見が最上優先事項だといのにそれをまったく聞いてないんですから」

「何を言う! シュヴァインさまの意見を無視する筈がなかろう! 例え聞き流していたとしてもそれは破滅的意見なものばかりだ」

「本当に~? 本当にその言葉の節々の何もかも本当に意味もない言葉だったのぅ~?」

 なんとも意味ありげな物言い。流石にリッカの言葉に耳を傾けて考え込むイーバル。

(……確かに全てが無駄なものばかりなのかと問われれば、それは……そうとも言えない)

 シュヴァインの壊滅的な考えの注文には、家臣団たちはいつも頭を悩まされ、悩まされつつもその難問を極力周辺に被害を受けないようにしながらも応えていった。

 その結果、何故かたまに領民たちの為になる『開発』にへと繋がっていたのだ。

(夏期は暑いから水泳場プールが欲しいと言い、なるべく民たちに見つからない場所にへと目を向け、森林山間地帯の場所に探索隊をかけてみれば、巣食う魔蟲を見つけ対処できた事もあった。このお陰で領民たちに被害が食うこともなかったがそれは偶々だ)

 しかし考えて考え込むと、少なからず、あるのだ。本当にちょこっとだけ、世の為になったことが。

 リッカはそんな素直に考え込んでいるイーバルにクスクスと笑みを浮かばせ、脂肪を乗せた主人に抱き付く。

「イーバルさんはこうやって黙らせると、いいんですよ~」

「さすがリッカたん♡ 頭い~ね!」

「きゃっ、ありがとうございます、ご主人様♪」

 こうしてイーバルに相談せず、領主たるシュヴァインの言い付けにより、豪奢な馬車は発展国家の名を轟かせる島国・ヤマヒノモトが経営するホテルにへと向かった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「おい」

「はぁん?」

「おい、バカ」

「はぁ~ん?」

「サルこら、バカザルこら。お前に言ってるんだ」

「なんだよ」

「ツッコねぇのかよ。サージェル・エンドゥル」

「フェクシェマ家の家臣随一の毒舌家、カラカラさんどうしました」

「カラカラじゃねぇ! カラーナ・カランコエだ。……イーバルの野郎はどうした?」

「カラカラ知らないのかよ。今日は領主さまのお見合いだったんだぜ?」

「なんだとっっ!??」

「ど、どうした。こんなこと日常茶飯事だったじゃねぇか。さっきもトーリの野郎から魔鳥伝紙バードメールで、『見合い失敗。領主様の傷心を癒す為、ヤマヒノモノが誇る旅館に泊まりてから帰る候』って……」

「すぐに領軍を動かせい!!」

「なんで!?」

「さきほどこちらにも魔鳥伝紙が届いた」

「なんだよ。いくらバカな俺でも急な用件なんだな、くらいわかるぜ! 早く言え」

「〝マリー〟さまだ」

「よぉぉぉぉぉぉぉぉぉしっ!! すぐに軍を動かせるようカーブリストのジジィに言ってくる!」

「……いそげ。〝マリー〟さまは、すでに向かわれておられる……」






◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 カラカラと、馬車を目的地に向かわせている最中だった。

 『ソレ』は突然、道先に現れた。

「……ねぇ、ブロー。突然、夜道に女性が現れたのですけど、これは一体どうすればいいの? すっごい怖いんですけど。周りはもう夜だからすごい怖いんですけど!」

「エポナさん。御者コーチマン歴長いじゃないですか。何怖がってるんですか」

「なななな、なに言ってるのよブローくん。長年やってきても怖いものは怖いのよ。そう、例えるなら長年食べれないグリンピースのように!」

「ピーマンは?」

「ピーマンも!」

 そんなことを喋りながらも、どんどんと道のど真ん中で倒れている女性に近付く。

「うぅ……どうしよ。馬たちも少し怯えてるように見えるし、イー……領主さまに伺った方がいいかしら」

「自分しかいないので別に取り繕わなくても大丈夫ですよ」

「イーバルさまに聞いてみようか」

 ハキハキとしたような声でエポナが言うが、ビクビクしている。そして相手がそれよりも先に動いた。

「も、もし……もしぃ~」

 かなり細い声で呻いていた。

「あれぇ~……なんか、なんか聞こえたような気がするけど無視するね……」

「エポナさん。耳塞いでます」

「もし、もーし」

「きき聞こえないきこきこ聞こえないきここきかきこ」

「精神やられましたね」

 ガクガクと震えながら、エポナは小さな体を更に萎縮させてしまい、丸くなりながらなにやらブツブツ呟き始めた。それをブローはすぐさま代わりに馬を操る紐を手に取る。こういうときに御者の助手の出番である。

 声をかけてくる貴婦人風の女性、しかしこんな真っ暗な夜に道の真ん中で倒れていたかと思えば、いきなり上半身を起き上がらせて馬車を止めようとしてるなんてもう怪し過ぎる。

(魔物か妖怪か、はたまた亜人なのか……。判別できませんな)

 ブローは身体が山のように大きく、既に何か達人の空気を醸し出す男であるが、経験は未だ浅い新人である。だからこの場合の対処の仕方など、先輩にして御者コーチマンであるエポナから教わるものなのだが、肝心の本人は神様になにか願っていた。

(うむ……仕方ない)

 止まらないで進むか。そう判断したブロー。

 現実っていうのは意外とそういうものなんだとこの貴婦人に教えないといけませんな、というよく分からない持論に至ったブローはそのまま広い道を、巧みに女性を避けつつ先にへと進んだ。

「ぇ……ぅそぉ……」

 貴婦人らしき女性もまさかこんな対応をしてくるとは思わなかったのか、戸惑っている。

 走り逃げ去るならまだ恐怖を抱いた故の行動だとわかる。だがこの御者の助手ブローはゆっくりと横を通り過ぎて行きやがったのだから混乱もする。

(ふぅ、これで乗り切れるな)

「……乗り切れると思うなぁ!!」

「うおっ」

 寝ていたであろう貴婦人風の女性は、中々近くで見てみれば大きい馬車の車輪の臆することも無く、綺麗に御者台にへと這い上がってきた。

「ちょっと、危ないじゃないですか」

「案外普通の反応するじゃないステキ! でも残念、たとえ私の演技がバレたとしても別に良いのよ! 動きだした計画は決して変わらないのだからぁ!」

「え、あれ演技だったんですか?」

「素で横過ぎ去ったの貴方!? 天然サディストなの!? 素敵!」

 這い上がってきた女性は、とても倒れていてはおかし過ぎるぐらいハイテンションな人だった。金髪の髪が奇跡的なロールが巻かれてあり、これでもかと言えるほどのお嬢様を体現したような女性。

「このわたくし、マリー・ゴールデックと知っていて尚、通り過ぎていたならば死罪にしてあげていましたが、見ず知らずの不穏な女性を我が主の為に見捨てたその忠義見事ですわ!!」

「あ、ありがとうございます」

 息継ぎなしに早口でそう言葉を投げつけてきた女性に呆然とする。

 全然そのつもりは無かったブローであったが、一応お礼を言っておく。それよりもさっきからエポナが白目を向いていて倒れていてこっちの方が怖い。

 仁王立ちしながら『オーッホッホッホ』している貴族令嬢とは思えぬ鍛え抜かれた胴と足腰を持つ女性、マリーと名乗ったこの人は何しにここまできたのか、いい加減気になってきたブローが口を開こうとすると、

「おい。さっきからうるさいぞ。幾ら森の中とはいえ夜は静かにしないr……」

「あら、忠犬イーバルさんもいらっしゃったのですね。今夜はお冷えになりますわよ、オーッホッホッホ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!???」

 高笑いしていたマリーよりも更に高い、狼の遠吠えの如く咆哮を上げて驚いたイーバルは、すぐさま開けていた窓を閉めた。

 そのイーバルの反応に当然、一緒に乗っている領主さまにも不審に感じ、誰がいたのか聞いてみると『ブヒャァァァァァァアアアアアアアアア!!!!!』と断末魔の如く叫び声が聞こえた。

「あぁ……相変わらず醜い声に醜い反応ですわね♡」

 では何故うっとりとしたような顔になっているか聞くのは危ないか。

「今行きますわぁ!!」

 そして、あろうことか。この女性は動いている馬車の横から、中にへと侵入していってしまった。ドアとか物理的に蹴飛ばして。

 中から聞こえるのは悲鳴や喜色を含んだ女性の声が響き渡る。

『ぶひゃぁあ!? この女とうとう侵入してきた! ハッ!? まさか逃げ場がないこの馬車での襲撃は事前に計画していたものだな!?』

『何を言ってますの? 将来を誓いあった夫が勝手に他の毒婦たちに毒牙をかけられるより先に助けにきてあげたといのに、酷い言い様ですわねぇ素敵!! その肥えたプニプニお腹をプニプニするのは飼い主たるわたくしの役目なのですよ? 絶対に逃がしたりしませんわ。えぇ絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に……』

『ヒ、ヒヒィ!!? バグったっ! バグってるよぅ!!』

『こ、この病み女! シュヴァイン様から離れ……つよっ! 筋力つよっ!! 腕力つよっ! ちょっ、イーバルさまもこの女排除するの手伝……ってうわっ! 既に一撃を食らわせて昏倒させてるよこの女!』

 ブローは横を見れば、馬車に揺れて顔を仰向けになり白目になって気絶してる小さな御者コーチマンエポナ。中では軽く襲撃されている領主さまと配下一同。

 ブローは思った。

 牽引するこの馬たちこんなにうるさく騒いでいるのに全然怯えないなぁ。すごいなぁと。全然関係ないことを考えてた。

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