第2話「メイドと領主」
「良いですか? ここの領主さまはとても寛大でお心がお優しい偉大なお方なのです。領民たちは仕事もせずぐうたらするクソ豚領主野郎なんて言っていますがそんなことありません。いいですか? 少なくとも私たちメイドたちに仕事をお与えくださっているのです」
「……だから亜人のわたしたちも雇ってくださったのですね。他の領地では絶対雇ってくれませんから」
数名のメイドたち(かなり可愛くデザインされたメイド服着用)は、領主が住む大豪邸の大広間に飾られた領主の肖像画に向かって恭しく頭を下げる。
それを眺めるのは、スカートの隙間からはみ出た爬虫類のような尻尾を揺らす黒髪巨乳の長身のメイド、リューは満足気にして聞く。
「オレは領主さま好きだぜ! まん丸で噛み
「また貴女は野蛮な言葉を。気を付けなさいと注意した筈ですよ? それと、主である領主さまを噛むだなんて……貴女は本当に危なっかしいですね。リューさん? 絶対に噛みついてはダメですよ?」
「メイド長……それでは、少し焼くというのは?」
「サラ=サラマンダーさん? それ本気ではありませんよね? そんなことしたら殺されますよ。いや、冗談ではなく本当に」
「うぅ、あの、それなら、溶かすのは如何でしょう」
「如何も何もありません。殺す時点でアウトです。皆さん落ち着きなさい。憎いのですか領主さまが」
信じられないくらい何かと領主を美味しく(比喩ではなく)できるか考えている辺り。逞しく生きてきたんだな、と思わせるが、それはダメなのだ。もう人間として見てないことに焦りを覚える。
メイド長たるエマ・テザストルとして。ここのメイドたちを完璧なメイドとして育てなければいけない。
「亜人を差別せず愛する博愛の領主さまは人間なのです。『食べ物』ではありません。しっかりと覚えておきなさい皆さん」
「「「「はい、メイド長」」」」
エマ直々に礼儀作法を教えていった結果がちゃんと実っているのだ。しっかりと、一から根気強く教えれば覚えない子などいないのだ。
エマはクイっとキツめな目付きを隠すかのように、黒縁眼鏡を直して美しいしその顔から微笑みがこぼれる。因みにエマも黒髪である。
と、そこに、
「ひ、ひぃん! エ、エマぁ~! エマはどこなの~!」
その博愛の領主さまがさっそくメイドをご所望でおられる。
エマは呼ばれたことを良いことに、新人メイドたちの手本になるべく、主のところに新人メイドたちと早速向かった。
「どうされましたご主人さ、ま…………」
そして、領主たる部屋に入った瞬間、新人メイドたちと共に、完璧たるメイドの長であるエマは固まった。
「にゃにゃあ! このブタさん早く起きてご飯食べニャアさい! なぁにがエマしゃぁんニャ! いい歳こいてキモいんだニャ!」
「ぶ、ぶひぃ! そんな萌え萌えおにゃんこボイスで罵らないでェ~! め、目覚める、何かに目覚めるぶひぃ!」
「もう既に半分以上は手遅れだニャア! オラオラ早く起きろコラァ」
「も、もえ~!」
副メイド長という珍しい役職に就いている、エマの同期にして親友の猫娘、ミタマが主を足蹴にして起こしているところだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「大変申し訳ありませんッ!! ご無事でしょうか!」
「はっ、これくらい問題無いニャ。ブタには十分なご褒美ニャろ」
「ミタマ!」
エマは猫耳メイドの亜人、ミタマの耳を容赦なく摘まんで叱りつける。
「アナタそれでも副メイド長なのですか!」
「いたたたっ! 勝手に副メイド長とかにされたがけだニャ! こちとら仕事で忙しいというのに、このご主人は『はぁはぁ、可愛い可愛いお猫ちゃんのミタマちゃん♡ マタタビあげるからこっちにくるぞよ』とか言って部屋に入れられたら、襲われそうにになったんで自己防衛に走っただけにゃ」
なんだと、エマは戦慄する。それだと大分見方が変わってくる。だが、エマは話の流れがおかしいのを当り前に気付く。
「……あなた、さきほど早くご飯たべて、と仰ってましたよね?」
顔を逸らすミタマ。
「酷いよミタマぁ! そんな嘘つくなんて! こっちは普通にご飯を部屋で食べたいおって言ったらあんな凶行したくせに~!」
「持ってくるの面倒くせぇニャ」
「ぞぞぞぞぉ!! こ、これがメイドだと言うのかぁ!」
完全にアウトである。
ゴチンっ! とかなり周囲に聞こえるぐらい重い拳骨をミタマに制裁するエマ。言っても聞かないなら、誠に遺憾ながら体で覚えてしまう他ない。
拳骨を喰らったミタマは一瞬にして意識を失いその場に伏せる。そのメイドの厳格な一撃を見た新人メイドたちと領主は縮み上がる。エマを見て見れば一体どんな構造にになっていくのか、光の反射で眼鏡が白く光り瞳が見えない。だから怖い。
「大変申し訳ありません。これもメイド長たる私の責任でございます。すぐ朝食をお持ち致します」
「び、びく! そ、そだね、うん、お、お願いします」
なんで瞳が見えないんだ! と戦慄しながら、領主はエマに怯えながらお願いした。
新人メイドは領主さまの着替えを手伝いながら、この仕事は真面目に取り込もうと思った出来事だった。
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