第6章 ~恋の行方、白の選択~

ep.1 待ち焦がれるあなたを見て

「最近、こないな……」


 あれからまた一週間が穏やかに過ぎようとした、その時だった。凌太りょうたが何気なく呟いた言葉に、ビクリと身体が震える。


「誰が?」


 私はその答えを知っていた。でも、訊かずにはいられなかった。


「シロ。前に話したろ? しろと同じ名前の猫」


 やっぱり、そうだ。凌太は猫である私を待っている。

 ここ最近、私と話をしながら辺りを見回していた。猫であるシロを探しているんだろうな、っていうのは何となくわかっていたけど、言われると少し傷付く。



 シロは私であって、私じゃない。



 それを痛感させられる。唇を引き結んで、裾を強く握り締めた。


「その猫に逢いたい?」

「んー……最近、逢ってないからな。それに、渡したい物があるんだ」


 渡したい物って何だろう? 私には言えない物? 渡せない物?

 ここで本当のことを話したらどれだけ楽だろうか。実は私がシロなんだよ、って言ったら彼はどんな顔をするだろうか。


「凌太、あのね!」

「うん?」


 信じてもらえないかもしれない、それでも伝えたい。私はシロで、白になったのは凌太に想いを伝えたかったからなんだって。


「私、実は――」

「凌太ーっ!」

黒羽くろう?」


 声のした方を凌太が見る。私もつられるように視線を動かすと、黒羽がこっちに向かって走ってきた。


「先生が呼んでたぜ」

「俺を? 何だろ……」

「さぁな、俺様は探してくれって頼まれただけだ」

「そっか、ありがとう。白、ごめん。ちょっと行ってくる」

「う、うん。いってらっしゃい」

「すぐ戻るから」


 そう言って、凌太が立ち上がる。私は彼の背中を見つめながら、動こうとしない黒羽に視線を投げた。


「ごゆっくりぃ……」

「それで、あんたはいつまでそこにいるの?」

「ククッ、俺様がどこにいようが勝手だろ?」

「あっそ。じゃあ、私は凌太が戻ってくるまでどこかに行くから」


 立ち上がろうとした私の肩を掴み、無理矢理に座らされる。


「ちょっと!?」

「お前さん、自分が猫だって言おうとしたな?」

「――っ!」

「そいつはぁ面白くねーだろ? バラしちゃいけねぇよ」


 もう片方の手で顔を掴んで、眼光を鋭くした。黒真珠のような艶のある瞳が、カラスの時と何一つ変わっていない。


「何のために俺様がニンゲンになったと思ってる? すんなりと物事が進まねぇようにするためだろ」

「邪魔するために人間になったの? 随分と便利な力ね」


 負けじと睨み付けると、黒羽はニヤリと笑う。人をバカにしたような、嘲笑うような目で私を見据えた。


「ククッ、言ってくれるじゃねーか。しかし、障害があってこそ、恋は燃えるだろ?」

「あんたの口から恋なんて出るなんてね……明日は吹雪じゃないの?」

「俺様だって色恋の一つや二つ経験してるんだぜ?」

「あっそ」

「訊きたいなら教えてやってもいいぜ」

「別に」


 私がそっぽを向くと、無理矢理に正面を向けられる。黒羽は面白そうに笑うが、私は睨み付けることしか出来ない。頬を掴む指に力が込められるのを感じて、対抗するために頬を膨らませた。


「ククッ、ブサイクな顔だな」

「はあ!?」

(誰のせいでこんな顔してると思ってんのよ……っ!)


 拳を作り、殴りかかろうとした、その時。


「白さん!」

「……え?」


 訊き覚えがあって、ぞくりと悪寒が背中を走る。恐る恐る声のした方を見ると、笑顔の康介こうすけがいた。


「どう、して……」

「俺様が教えたのさ」

「なんで!?」

「そりゃ決まってんだろ……面白いからに決まってんだろ」

(コイツは……っ!)


 握り締めた拳を黒羽目掛けて振るったけど、簡単に避けられてしまった。


「カーカカカッ! マヌケだなぁ」


 オマケに背中を押されて、前のめりに転びそうになる。


「にゃっ!」

「危ない!」


 私の身体を支えてくれたのは、凌太じゃない。慌てて駆けてきてくれたのか、康介の頰を一雫の汗が流れた。

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