ep.4 私の気持ち

「黒羽、何のつもりだよ」

「ククッ、なんだ? 何か悪いことでもしたかぁ? 俺様はお近づきの印に口づけをって思ったんだがな」

「ここは日本だ。そんなことされたら白だって困るだろ」

「カーカカカッ! そいつは悪いことをした」


 ただ、と付け足して、目を細める。


「このメスは嫌がってなかったかもしれねぇぜ?」

「お前……っ!」


 凌太は目を大きく開いて、眉をつり上げた。


「おっと、俺様はそろそろ行くかな」


 凌太がクロウの胸倉を掴もうと手を伸ばすけど、空を掴むだけ。彼は一歩下がって、凌太を嘲笑い、肩を上下に揺らして笑う。


「ククッ、じゃあ、またなぁ」


 私の方を見てクロウ――黒羽が嫌な笑みを浮かべた。悪寒が背中を走り、毛が逆立って――鳥肌が立って――身体を震わせる。

 きびすを返して、離れて行く。チラリとこっちをみた黒羽の横顔は、嫌な笑みを浮かべていた。


(何を考えてるの……)

「ったく、何考えてんだ、アイツ……」


 私の心を読まれたのかと思って、凌太の顔を見上げる。


「いきなり白に……」

「あの、ありがとう。助けてもらって……」

「いや、ああいうのが嫌いだっただけ」


 凌太も同じことを考えていたみたい。そうだよね、いきなりあんなキス――。



 キス!?



 今思うと顔が熱くなってきた。そっか、私あと少しでクロウとキスするところだったんだ、それは危なかった!

 深く息を吐いて、両手で顔を覆う。少し熱っぽくなっていることに気付いて、更に熱くなる。別にしたかったとかじゃないけど、今考えると……とにかく危なかった!


「……したかったとか?」

「ええっ!?」


 思わず声が裏返り、首を激しく左右に振る。


「ないないない! 絶対ににゃい! するなら好きな人とがいいもん!」


 真っすぐに凌太を見つめると、いきなり吹き出された。


「あははっ! そうだよな、そこまで激しく否定されると……にゃいって可愛いな」

「え、私そんなこと言った!?」

「言った、絶対ににゃい! って……くくっ!」

「ちょっと……笑い過ぎ……」

「ごめんごめん、あんまりにも可愛かったから」


 凌太はお腹を抱えて笑う。それを見て、私は頬を膨らませて、睨み付けた。


「あははっ! ……はーっ、笑った。……怒った?」

「怒ってない」


 けど、と呟いて、唇を引き結ぶ。


「じゃあ、なんで目を合わせてくれないの?」

「別に……」


 彼が私の顔を覗き込もうとすると、私はそっぽを向く。深い意味はないけど、今は合わせたら負けだと思う。


(人の気も知らないで……)


 ふと、何気なく思った言葉が胸の奥がざわついた。



 今の私は人なの? それとも猫なの?



 姿形は人間だから人の気持ちでいいのかもしれない。でも。元は猫だ。


(私は一体……)

「白?」

「にゃっ!?」


 突然、目の前に凌太の顔が現れて、驚いて後ろに跳び退く。


「油断したろ、やっと目を合わせてくれた」

「あ……」

「ごめん、ちょっと意地悪な質問して……黒羽の奴、白のこと知ってるみたいだったからヤキモチ妬いたんだ、多分」

「ヤキ、モチ?」

「俺は白を知らない……思い出せないだけなんだろうけど、黒羽とは親しそうだったの見て悔しかったんだ」


 別に親しい訳じゃないんだけど……ただ、同じ元動物なだけ。

 猫とカラス。


(アイツは何のために人間になったんだろ? まさか、私の邪魔をするためだけに? 暇なのかな……)

「でも、良かった」

「え?」


 視線を上げて凌太を見つめると、手が伸びてきて私の髪を撫でてくれた。


「アイツのことが好きとかじゃなくて」


 まだそんなこと言うの? と文句を言おうとした、その時。


「今の俺じゃ勝ち目ないからな」

「それって……」


 凌太は頰を赤らめて、私を真っすぐに見据えた。瞳が潤んで、キラキラと輝いている。


「だから、白のこともっと教えて。そしたらヤキモチ妬かなくて済むだろ?」


 ズルイ! と文句を言おうとした、その直後。凌太の優しい微笑みを見せられて、言葉を失う。怒ろうとした気持ちが何処かに消えてしまった。



 本当、ズルイ……。



 こんなにも気持ちがいっぱいになって、苦しい。その笑顔を見たら、全部許してしまう。やっぱり、凌太が好きだって思い知らされる。



 あなたは私のこと、どう思っているのかな?



 訊こうと思っては、口を閉じてしまう。誰か私に勇気をくれないかな? この幸せな時間が続いている内に、私の想いを伝えたいのに、上手く言葉に出来ない――。

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