ep.3 お気に入りの子

「白、何してんだ?」

「凌太!」

「あれ、凌太先輩じゃないですか。この方と知り合いなんですか?」

「ああ……俺のお気に入りの子」


 だから、と付け加えて、私を立たせてくれる。


「誰にも渡さない」

「へぇ、凌太先輩がサッカーの試合以外で何かに執着するところ、初めて見ました」

「行こう、白」

「白さんって言うんですね」


 ビクリと身体を震わせて、康介の方を見ると満面の笑みで手を振っていた。


「また、お逢いしましょ」

「…………」

「行こう、白」


 凌太に手を引かれて、私は歩き出す。

 私達が見えなくなるまで康介は、手を振っていた。ただ、その時の目が、凌太を切りつけた時と同じ眼をしていて、怖かった。慌てて前を向いて、頭を左右に振って忘れようとする。


「どうした?」

「ううん、何でもないよ……」



 今、この瞬間の幸せを大切にしたい――。



「ククッ、このままだと詰まらねぇな」

「あなたは……?」

「俺様か? 俺様のことなんてどうでもいいだろぉ? それよりも……」

「何ですか?」

「お前さん、あのメスのこと気に入ったんだろ? 手伝ってやろうか?」

「手伝うって?」

「お前さんのがんばり次第じゃ、モノにするのは

「あなたは……」

「ククッ、俺様はそうだな――」



            ★☆



 あれから一週間が経った。

 恵香も康介も私の前に何度か現れたけど、前とは違う様子だった。


(今回は……何もないのかな?)


 凌太との待ち合わせの大きな木の下で、両足を抱えて座っている。膝の上に顎を置いて、彼がくるのを待ち続けた。


「想い、伝えられるかな?」


 クロウにお願いして人間にしてもらった理由は、私が凌太のことが好きだから。想いを伝えたかったから。そして、返事を訊きたいからだ。

 一回目は伝えたけど、返事が訊けなかった。

 二回目は自分で伝えられなかった。

 三回目と四回目は伝えることが出来なかった。


「違う……伝えなくちゃダメなんだ!」


 恵香も康介も今までと様子が違う。凌太だって、恵香と付き合ってない。


(今回こそ、上手くいく……)


 強く白のワンピースを握り締めて、何度も頷いた。


「白!」


 今日こそ言ってみようかな? と考えていると、遠くから凌太の声がした。ピクリと反応して、立ち上がる。


「凌太!」

「白に逢いたいっていう人がいるんだ」

「私に?」

「ああ、今日転校してきた奴なんだけど――」


 誰だろ? 人間の知り合いなんて誰もいないんだけどな。まさか猫を連れてきた訳じゃないだろうし――。


「初めまして」

「え……?」


 挨拶をしてきたのは、まぎれもない人間だった。


(この声……まさか!)


 訊き覚えのある声に私は、目を大きく開く。凌太の後ろに立っている人は、ゆっくりと前に出てきた。


黒羽夕月くろうゆづき、って言えばわかるかぁ?」

「クロウ……?」

「ククッ」

「どうして……」


 今、私の瞳に映っているのはカラスじゃなくて、人間の姿をしたクロウだ。


「どうして? ククッ、お前さんをニンゲンにしたんだ。俺様がなれない訳ねぇだろ?」


 クロウ――黒羽――は私の腕を掴んで、引き寄せる。耳元に唇を近付けた。


「あ、おい……っ!」


 凌太の声をムシして、クロウは言葉を続ける。


「このままじゃ楽しくねぇと思ってな。ちょっとしたお節介さ」


 息がかかってくすぐったくて、変な気持ちになる。カラスだった時とは違う息遣い。喋り方は同じなのに、耳の奥にいつまでも残って嫌な感じがする。


「お節介……?」

「お前さん、まだ気持ちを伝えてねーだろ?」

「――っ!?」


 力強く黒羽を突き飛ばして、私は距離を取る。心臓が激しく脈打ち、今まで抱いたことがない感情が、大きくなていく。

 怒り。殺意。

 縄張りを侵された時に一瞬、芽生えるものと似ていた。何かを守ろうとした時に現れるやつだ。


「白?」

「おやおやぁ? 久々の再会だっていうのに……照れたのかぁ?」

「何する気!?」

「ククッ、怖いねぇ……そんなに睨むことねーだろ?」


 伸びてきた手に掴まり、距離を詰められる。さっきよりもピッタリと重なり合い、黒羽の息遣いを感じた。コイツは今の私の気持ちに気付いている。だからこんなにも歪んだ笑いを浮かべて、私を見下しているんだ。

 私が睨み付けると、鼻先がぶつかる近さに驚く。逃げようとしても黒羽の力が強くて、振り払うことが出来ない。


「仲良くしようぜぇ?」



 同じ元動物同士――。



 唇が重なりそうになった、その時。凌太の手が割って入ってきて、私を背に隠した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る