第5章 ~白き恋に迫る黒い影~

ep.1 喜びの運命への一歩

「大丈夫か!?」

 ゆっくりとまぶたを開けると、彼が深く息を吐く。前髪が揺れて、私は目を細めた。目尻から一筋の涙が零れ落ちる。


「また、逢えた……」

「また逢えた」

「え?」

(今、何て言った……?)


 お互いの声が重なって、一瞬訊き逃すところだった。確かに、凌太りょうたは――。



【また逢えた】



 って言ったけど、それってどういう意味?


「凌太、私のことがわかるの?」

「いや、ごめん……わからないんだけど……」

(そう、だよね)


 抱いた期待は一瞬にして、消えてしまった。

 私が猫から人間になる直前に戻っているんだから、覚えていなくても仕方がない。同じことの繰り返し。何度やっても凌太が死んでしまう。

 私が凌太に想いを伝えたいって思ったのがいけなかったんだ。猫が人間に恋をしたからいけなかったんだ。



 全部、私が悪いんだ――。



「ごめんなさい……」

「え、なんで君が謝るの!?」


 私は両手で顔を覆い、涙を流す。凌太はどうしたらいいのかと慌てるが、悪いのは全部私なんだ。凌太はそんな顔をしなくていい。

 どんな表情をすればいいのかわからない。彼のことを見ていたいと、側にいたいと思ったのがいけなかったんだ。


「私があなたを好きになったから……」

「えっ!?」

「私が想いを伝えたいって思ったから……」

「ちょっと、待って。どういうこと?」

「全部、私が悪いの……私が死ねば良かったんだ……」


 あなたが死ぬ必要なんてない。だから、私が――。


「そんなこと言うなよ!」


 ビクリと身体を震わせると、彼は私をそっと下ろしてくれる。両足で地面をしっかりと踏んで、凌太の前に立つ。彼は私の両肩に手を置いて、目線を合わせてくれた。


「せっかく出逢えたのに、そんな寂しいこと言うなよ……」

「でも……」

「俺は……君が誰だかわからない。シロと似てるって感じがするから、初めてって感じがしないんだ。そんな子に死ねば良かったなんて言われたら、悲しくなる」

「凌太……」

「あ、シロっていうのはここにくる猫のことで。白猫だから俺がシロってつけたんだけど……」


 知っているよ。


「その猫もたまに木から落ちるんだ。ちょうどその猫に渡したい物があって戻ってきたら、君が落ちてきて……」


 前回、訊いた。あれは何回目の時だっけ?

 何度も凌太の死を体験して、生きている彼を見る度にホッとする。だから生きていて欲しいって思う。私が諦めればいいんだって思うけど、そんな簡単な話じゃなかった。



 恋ってこんなにも苦しいものなんだね――。



「だから、ビックリしたっていうか……」



 苦しくて、切なくて、でも、心が満たされていく……人って凄いね――。



「うわっ!?」


 凌太に飛びついて、力いっぱい抱きしめた。彼の心臓の音がハッキリと訊こえて、生きていると教えてくれる。私の心臓の音も訊こえているのかな? 同じ人間になって、同じ温もりを持っている。



 こんなにもあなたのことが好き――。



 彼は私に微笑みかけてくれた。


「ねえ、名前……教えてくれる?」


 頭を優しく撫でてもらって、顎を持ち上げられた。彼と視線がぶつかり合って、私は照れくさそうに笑う。


木下白きのしたしろ

「木下、白……」

「その猫と同じ名前でしょ?」

「それだけじゃない」


 凌太が微笑むと、私は首を傾げた。


「髪の柔らかさも、雰囲気もシロそっくりだ。きっとアイツが人間になったら君みたいになるのかもね」

「凌太……」

「でも、アイツにないものを白は持ってる」

「え?」

「銀色の髪、白い肌……アイツにはなくて、すっごくキレイだ」

「キレイ……?」


 初めて言われた。可愛いは何度か言ってもらえたことがあったけど、キレイって……初めて言ってもらった。

 胸に何かが込み上げてきて、私は顔が熱くなるのを感じる。鼓動が高鳴り、凌太に訊こえたらどうしようって思った。


「どうした? 顔が赤いけど……」

「見ちゃダメ!」

「いてっ!」


 凌太の目に手を当てて、どうにか隠す。今の私はテントウムシみたく赤くなっている。熟したイチゴかもしれない。


「何だよ……」

「そんなこと、初めて言われた……」

「じゃあ、これからはもっと言うよ」


 彼は私の手首を掴んで、顔を近付けた。


「また、ここにくれば逢える?」

「た、多分……」


 凌太の目が輝いて見えて、眩しく感じる。視線を逸らそうとすると、彼は優しく私の手を握った。


「白のこと教えてよ」

「じゃあ……凌太のことも教えてくれる?」


 私の問いかけに、凌太は目を丸くする。


「ダメ……?」


 思わず声が小さくなる。彼の様子をうかがい、返答を待つ。

 ほんの数秒の間も、私には長く感じた。

 凌太は一度唇を動かして、また閉じる。何を言うのか注意深く見つめた。

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