ep.4 届かなかった、四回目の最期

「ごめんなさい……」


 それでも私は凌太に気持ちを伝えたい。


「白さん!」


 康介の手を振り払って、走り出す。後ろから訊こえる彼の声が、どんどん遠くなっていく。

 私は前を見て、ただひたすらに走り続けた。


「……凌太……っ!」


 彼の名前を呼んで、更に脚を回転させる。いつもの見慣れた風景が飛び込んできて、私は校門に行くのがもどかしく感じた。


「……にゃっ!」


 学校の塀を乗り越えて、敷地内へと入り込む。こっちの方があの木までは近い。あと少し、あと少しで凌太に逢える!

 草を踏み締めて、夜の冷たい風を感じながら駆け抜けた。


「凌太!」


 風が吹き抜けて、私の髪を撫でる。

 彼の名前を呼んだ私の声は、静かな夜の空に吸い込まれた。


(そう、だよね……)


 学校が終わってから時間が経って、今は夜。部活の時間も過ぎて、もう誰もいない。凌太だってそうだ。なのに私は――。


「何やってんだろ……」


 涙が溢れてきて、鼻をすする。掌で拭いながら、空を見上げる。

 キレイな星が煌めいていて、私を見つめているようだ。いつもよりも空が近く感じるけど、まだまだ遠い。手を伸ばしてみても届かない。クロウみたいな翼がないとダメなんだなって思う。


(そう言えば……嵐って一体、何のことだったんだろ?)


 空はこんなにもキレイで穏やかなのに、これから荒れ模様になるのかな?

 クロウの言葉を思い出して、首を傾げた。


「帰ろ……」


 溜め息を吐いて、振り返った、その時だ。

 私は動きを止めて、目を大きくする。視線の先にいるのは、もう帰ったと思っていた凌太の姿があった。


「どうして……」

「何でだろ、きてくれるって思ったから、かな?」

「どうして……」


 そこまで私を信じてくれるの? 私が側にいるとあなたは――。


「また、逢えた」


 凌太が手を差し出してくれる。


「白」

「凌太!」


 私は地面を蹴って、凌太に跳びつく。彼は私を強く抱きしめてくれた。胸に顔を埋めて、鼻から息を吸い込み匂いをよく嗅ぐ。


「りょう――」


 顔を上げた瞬間、顔に水滴が飛んできた。

 雲一つないのに、雨かと思い頬にそっと触れる。指先が赤く染まっていることに、私は目を大きく開いた。


「え……」


 視線を動かして、凌太の顔を見つめる。首元から大量の赤い液体が吹き出して、彼は私に向かって倒れ込んできた。


「りょ、凌太!?」

「ククッ、言ったろ?」


 凌太の後ろに人がいたことに、今気付いた。


「嵐がくるってなぁ」

「こう、すけ……?」

「やっぱり、あなたの好きな人って……凌太先輩だったんですね」


 康介の手には、赤く染まったカッターがある。

 凌太の首元から水が溢れ出てくるように止まらなくて、私の白いワンピースを赤く染めていく。


「ダメですよ、その人には彼女がいるんだから……」

「あ、あぁ……」

「と言っても、好きで付き合っている訳じゃないみたいなんで……念のためにね」

「それ、クロウも言ってた……」

(何なの、その【好きで付き合っている訳じゃない】って……)

「僕、気に入ったものは手に入れないと気が済まないんですよ」


 月明りに照らされたカッターの刃が、赤く光る。


「それがいくら憧れの先輩でもね、取られるのは嫌なんです」


 彼の笑顔が怒りに歪んで見えて、私は息を飲む。


「い、嫌だ……凌太……」

「何も怖がることはないですよ、僕が守ってあげますから」


 ただ、と付け加えて、私の首を掴む。


「ひ……っ!」

「助けを呼ぶ相手の名前が違いますよ」


 カッターを振り上げて、口角を上げた。


「きちんとしつけないとね……」


 歯を見せて笑う康介が怖くて、私は力強く彼を押し退ける。


「……てっ!」


 その場に尻餅をついた康介を横目に、私は走り出す。早くここから逃げないと、早く誰か連れてこないと、凌太が死んじゃう!

 塀をいつもの癖で乗り越えて、道路に飛び出す。その直後、車のライトが私の視界いっぱいに広がった。


「――っ!」


 訊き慣れてしまった甲高いブレーキ音と、鈍い衝突音が響き渡る。


「カーカカカッ! あっけねーなぁ」


 声のする方を見ようとしても、身体が動かない。痛みが全身を駆け巡り、指一本思うように動かすことが出来ない。


(凌太もこんな風に痛かったのかな?)


 足が変な方向を向いて、視界が霞んできた。


「嵐一つに負けちまうなんてな……俺様を楽しませてくれなきゃ困るぜ」



 もういいよ、凌太だけじゃなくて、私ももう――。



「言ったろ? 俺様は退屈なのが一番嫌いなんだってな」


 クロウがゆっくりと近付いてくる。


「次はいいエンディングを期待してるぜ」


 翼を大きく広げた。



 私はもう――。



「最も、俺様が面白けりゃバッドでもいいんだがな」


 黒い羽が私を包み込んでいく。

 何も訊こえない、何も見えない。

 ただ真っ暗の世界に放り出されて、冷たい水の中に落とされたみたいだ。

 そんな私の手を握り、腕を掴んで引き上げてくれる。背中に腕を回されて、両膝の下に手を入れてくれた。お姫様抱っこをしてくれて、強く抱き締められる。

 この温もりを私は、一生忘れることが出来ない。



 だからまた、あなたに恋をする――。

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