ep.3 揺れ動く想い

「康介……」

「今日はちょっと早く終わったんで、どこかに遊びに行きませんか?」

「え、うん……」


 上体を起こそうとすると、腕を引かれた。


「凌太?」

「あ、ごめん……行って欲しくないな、って思って……」

「それは……」


 どうして? と訊こうとしたその時、康介が私達の間に割って入ってきた。


(まただ……)


 ピリッとした感じ、怒りの空気を身に纏って、凌太に敵意を向けている。


「凌太先輩、離してもらっていいですか?」


 もう片方の手を康介に掴まれる。


「あんまりしつこいと恵香けいか先輩に言いつけますよ?」

「待っ――」

「恵香は関係ないだろ!」


 私が否定する前に凌太の怒声が響いた。

 こんなに怒っている彼を見るのは、初めてかもしれない。いや、恵香に対して怒っている時に見たかもしれない。


「何そんなに怒ってるんですか……冗談じゃないですか」

「お前な……言っていいことと悪いことがあるだろ」


 凌太が小さく溜め息を吐いて、静かに私の腕を離す。


「あ……」


 少しだけ寂しくて、私は小さく声を上げた。それに気付いたのか、凌太は顔を上げる。視線が交錯すると、何か言いたそうな表情をした。


(どうしたの?)


 そう言いたいのをどうにか堪えて、私は小さく深呼吸をする。

 きっと、チャンスは今しかない。



 彼から離れないとダメなの、だから――。



 私はうるさい心臓を静かにさせるべく、強く胸を掴んだ。


「どこか行ってみたいところはありますか? ここの近くに新しいカフェが出来たんですけど……」


 康介と並んで歩きながら、私は何度か後ろを振り返る。


(これでいいんだよね……)


 凌太は私達が見えなくなるまでずっと見つめていた。


「白……」

「ククッ、コイツはぁ面白い……この展開は初めてじゃねーか」



            ★☆



「今日はありがとう。初めてジェラートっていうの食べた!」

「それは良かったです」


 日も暮れて、辺りは薄暗くなってきた。


(あの時も……)


 凌太と楽しい時間を過ごしたあの時も、こんな時間だったと思う。そして、今と同じように横断歩道を待っていた。


「あの、白さん」

「ん? 何?」

「次の土曜日なんですけど、良かったら遊園地に行きませんか?」

「ゆーえんち?」

「いろんな遊べる物があって、楽しいところです」

「そうなんだ! 行ってみたい!」

「その、友達としてじゃなくて……」

「友達じゃなくて?」


 康介は少し間を空けて、視線を彷徨わせた。

 信号が青に変わり、周りの人達が歩き出す。私はそれを横目で見つめた。


「僕の――彼女として、一緒に行って欲しいんです」

「かの、じょ?」


 私は目を丸くして、康介を見据える。街頭に照らされている彼の頬は、ほんのりと赤く染まっていた。彼の瞳が潤み、揺れている。


「ダメ、ですか?」

「私は……」


 どうしたらいいのかわからない。

 どうしたら彼は死なずに済むの? どうしたら幸せになるの?

 誰に訊いたら教えてくれるだろうか。

 ここで康介に返事をして、結ばれて幸せな時間を過ごすのもいいのかもしれない。そうしたら凌太だって死ななくて済む。


「僕のこと、嫌いですか?」


 好きか嫌いかと尋ねられると、首を傾げてしまう。凌太みたいに胸が苦しくなる訳じゃないけど、ドキドキはする。凌太みたいに一緒にいたいと思わないけど、いると楽しい。


(でも、康介は凌太じゃない)


 当たり前のことを考える。



【だって、それって自分の気持ちにウソつくことになるだろ?】



 ふと、凌太の言葉が、頭の中でよみがえる。



【俺は嫌だね、好きな人は好きだし。そんな運命なんて変えてやればいいだろ? 何度だって挑戦するよ、俺ならね】



 私も挑戦してもいいのかな? 凌太が死なないように、私の幸せのために――。



【挑戦して、ダメでも……諦めるのは勿体ないんじゃない? だって、その人のことが本当に好きなら、そんな簡単に諦められないだろ?】



 そうだ、私が好きなのは――。



「ごめんなさい!」

「え?」

「私、好きな人がいるの」

「それって……」

「その人のことが忘れられないの、だから――」


 私はきびすを返して、走り出す。点滅し始めた横断歩道を渡って、学校の大きな木の下に向かって駆け出す。


「ちょっと待って――」


 腕を掴まれて、その勢いで振り返ると、力強く抱きしめられた。


「ちょっと、康介!?」

「好きなんです!」


 ハッキリと言葉にされたのは、初めてだ。

 胸がギュッと何かに掴まれたように苦しくなって、人を好きになるって嬉しくて、幸せなことだけどツライんだって改めて実感する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る