ep.2 繰り返す日々の中で

「クロウ……」


 空からゆっくりと舞い降りてくる黒いカラスは、天使なのか、悪魔なのか。私にはわからない。何度も巻き戻して凌太を助けてくれているけど、全てが「退屈しのぎ」だってのがわかる。


「いいのかぁ? 他のオスにうつつを抜かしてて」

「別にそんなんじゃ……」

「それとも乗り換えか? ククッ、それはそれで面白いからいいがな」

「違う! 私は……」


 凌太に対する気持ちはそんなに軽いものじゃない。一目惚れだったけど、人間になりたいって思うくらいの相手なんだから。


「カーカカカッ! ムキになっちまって、なぁに気持ちが変わってないかだけ確認しただけさ。怒んなって」

「私の、気持ち……」

「まぁ、ニンゲンの姿を手にしたいって思った時点でそう変わるもんじゃねーよな」


 どこまで知ってて、どこまで楽しんでいるのか、わからなかった。


「だが、あんまりゆっくりしてられねーかもな」

「え?」

「新しい嵐がくるぜ」

「嵐……?」

「ククッ、カーカカカッ!」


 翼を大きく動かして、空高く舞う。黒い羽を散らして、クロウは去っていく。私は邪魔くさい前髪を掻き上げながら、黒い点を見つめ続けた。


「嵐って……」


 一体何のことだろ?

 私は青い空の下を歩いて、康介との約束の場所に向かう。彼とは校舎裏にある茂みで逢うのが、ここ最近の日課になっていた。


「あ……」


 目の前をモンシロチョウが飛んでいく。


「待って!」


 動く物に目がないのが、猫のさが。こればっかりはどうしようもない。


(まだ学校の終わる時間じゃないし……)


 康介との待ち合わせにはまだ早いから大丈夫だよね?


「待て~」


 私はモンシロチョウを追いかけて行く。ヒラヒラと舞う蝶は、どこかに誘うように飛んでいく。その先があそことは知らずに――。




            ★☆



「あ……」


 モンシロチョウを捕まえようとして、手が止まる。脚が石のように重くなり、動かなくなった。固唾を飲んで、冷や汗が流れる。

 いつの間にか、凌太と逢っていた大きな木の下にきていた。


「懐かしい……」


 たった一週間なのに、どうしてだろう。懐かしいって言葉が出てきちゃう。

 一歩ずつゆっくりと近付いて行くと、ビクッと身体が震えた。


「どうして……」


 最近はサボらずに授業に出ているって、今はまだ授業中なはずなのに……。


「凌太……」


 木の下でいつものように眠っている凌太の姿があった。

 風に吹かれて前髪が揺れる度に、くすぐったそうに微笑む。そんな寝顔が懐かしくて、私はそっと彼の頬に触れた。

 猫の時はいっつも一緒にいて、お昼寝やいろんな話もした。そのせいか、一週間逢っていないだけで寂しく感じる。


「シロ……」

「え……」


 名前を呟かれて、ギクリとした。一瞬、バレたのかと思ったけど、彼は静かな寝息を立てている。

 このまま見ていたいけど、これ以上一緒にいると離れたくなくなる。


「バイバイ……」


 触れていた手を離そうとした、その時。急に腕を引かれた。


「にゃっ!?」


 バランスを崩して、凌太の上に倒れ込む。一体、何が起きたのか……ゆっくりと顔を上げると、凌太と目が合った。


「バイバイなんて言うなよ……」

(起きてたの!?)

「シロ……やっと捕まえた」

「ち、違うよ……私は木下白で……」


 視線を逸らして言葉を続けていると、彼は私の髪を優しく撫でる。


「うん、俺の言ってるシロは猫のことなんだけど……君と同じ名前で、雰囲気が一緒なんだ。だから……」

「だから?」

「別人には思えなくて」

(そんな寂しそうな顔で笑わないでよ……離れたくなくなっちゃうよ)

「毛もこんな風に柔らかくて、ずっと触っていたくなる」

(ずっと触っていて欲しい)


 そう言いかけて口をつぐむ。唇を噛み締めて、凌太の胸に顔を埋めた。



 ずっと一緒にいたいよ……。



 目の奥が熱くなって、涙を流すのをどうにか堪える。


「どうしてだろ……」

「え?」

「白とは初めて逢ったはずなのに、そんな気がしないんだ……」


 私が顔を上げると、凌太と真っすぐ視線が交わる。潤んだ瞳の私を映す彼の目は、何を思っているんだろうか。


「どこかで逢ったことある? ずっと前に……」

「私は――」

「白さん」


 名前を呼ばれて顔を上げて、声のした方を見る。

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