第4章 ~新たな恋、忘れられない想い~

ep.1 離れる決断

「だ、大丈夫か……?」

「うん……平気。またあなたに逢えたのが、嬉しくて……」

「え?」

「ううん、何でもない。ありがとう、助けてくれて」


 私はゆっくりと凌太りょうたから離れる。彼の温もりが遠ざかっていく。寂しいことなのに、心の中でホッとする私がいた。悲しいことなのに、喜んでいる私がいる。


(さようなら、凌太……)


 彼とすれ違う時、一瞬だけ凌太の目が大きくなったように感じた。あれは、気のせい? そんなことを考えていると、いきなり腕を掴まれた。


「待って」


 私は思わず、動きを止めた。突き放そうとした温かさが、私を引き留める。


「あ、えっと……」


 凌太を見上げると、困ったような表情を浮かべた。視線を彷徨わせて、何かを探しているように見える。


「泣いてたから……どこか痛いところない?」

「大丈夫……」

「でも……」

「離して……」

「でも、放っておけなくて……」

「私があなたの側にいたらいけないの!」


 腕を振り払い、私は走り出した。出来るだけ遠くに行かないと、また凌太が――。



 そんなの嫌だ!



「うわっ!」

「にゃっ!」


 曲がり角で誰かとぶつかる。バランスを崩して倒れそうになるのを、助けてもらった。


「ありがと……」

「僕の方こそ、下ばっかり見てたから……」


 確かこの人、凌太と同じ学校の――。


康介こうすけ!」

「……どうして僕の名前を……」

「あ、その……」

「待って、シロ!」


 ビクリと身体を震わせて、康介の腕を掴む。

 後ろから凌太の声が訊こえて、私は彼の陰に隠れた。康介も気付いたのか、声のした方に顔を向けて目を細める。


「こっち」

「え?」


 手を掴まれたと思った途端、彼は走り出す。私もつられるように脚を動かして、康介の背中について行く。


「こっち」

「にゃっ!」


 勢いよく腕を引かれて、方向転換。私は転びそうになったけど、彼が身体を支えてくれた。大きな木の陰に二人で重なって隠れる。


「シロ!」


 凌太が私の名前を呼びながら走り去って行く。


(どうして私の名前を呼ぶの……)


 彼が呼んでくれるのは、凄く嬉しいはずなのに、胸が苦しい。息が出来なくて、初めて人間になった時と同じ感覚に陥る。

 私は両耳を塞いで、彼の声を訊かないようにした。その間、身体が震えていたのかもしれない。それに気付いた康介が、私を抱きしめてくれた。


「え、こうす――」

「今だけ、こうさせて……今だけでいいから」


 凌太以外の人に抱きしめられたのが初めてで、どうしたらいいのかわからない。心臓が高鳴っているけど、彼の時とは何かが違う。



 何が違うんだろ?



 同じ人間の男の子で、私を助けてくれた。それなのにどうしてなんだろ、ドキドキが違う。胸がざわつく。


「……行きましたね」

「あ、ありがとう……」

「何かしたんですか?」

「え?」

「凌太先輩から逃げてたから」

「うーん……ちょっとね」


 私が側にいると死んじゃう、だなんて言っても信じてもらえないだろうな。だから、私は笑って誤魔化すことしか出来ない。


「どうして、僕の名前を知ってたんですか?」

「えっと……」


 真っすぐに見つめられて返答に困ってしまい、私は視線を泳がせた。


「前に逢ったことありますか?」

「ま、まあ……」


 三回目の時に、なんて言ってもこれも信じてもらえないだろうな。


「まあ、そんなのどうでもいいや」


 どう答えようか考えていると、康介が微笑みを浮かべて話の方向を変えた。金色の髪を揺らして、おかしそうに笑う。


「過去なんてどうでもいい、今が大切だよ」

「今が、大切……」

「だから、もう一度名前を教えてくれますか? 今度は忘れないようにするので」


 ここから始めることが出来るかな?


「私は……」


 凌太を忘れて、新しい恋を見付けられるかな?


木下白きのしたしろ



            ★☆



 あれから一週間が過ぎた――。

 康介のことはこの短い期間でいろいろと教えてもらった。

 名前はかじ康介。トキツバの二年生で、凌太の後輩。サッカー部にいて、一緒にいつも部活ってところで汗を流したりしているんだって。

 康介は凌太のことを自慢の先輩だって言っていた。運動は凄く出来て、勉強だって悪くない。最近はサボらずに授業にも出ているらしい。


(私が行かないからかな……)


 私は足を止めて、少し考える。

 彼に助けてもらったあの日から、凌太とは逢っていない。逢いたくても逢えない。いや、逢わない方がいいんだ。

 でも、康介から凌太の話を訊いた次の日は、こっそりと様子を見に行く。

 勉強している姿、運動をしている姿、部活をがんばっている姿。

 全てが格好よく見えて、キラキラしている。

 だからこそもう、あんな悲劇を起こしちゃいけないんだ。



 私が凌太を守ってみせる!



 そう決めたんだ、だから……私が諦めればそれでいいんだ。


「ククッ、本当にそれでいいのかぁ?」

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