ep.6 繰り返される悲劇、三回目の最期

「逃げろ、白!」


 凌太の悲鳴に似た叫び声に反応は出来たけど、身体が、頭が、考えが追いつかない。

 どうして彼女はここにいるの?

 どうして凌太は刺されたの?



 どうして私は、逃げられないの?



 私が動くよりも先に、恵香はハサミを振り下ろした。

 魚屋さんが私に残った魚をくれる時、いつも頭を包丁で落としてくれる。それと同じような鈍い音が、響いた。


「――っ!」


 今度は太ももに痛みが走り、脚が動かない。彼女は私の上にまたがり、両手でハサミを握り締める。勢いよく刃先が私の胸に突き刺さると、すぐに抜いては刺す。

 これを何度繰り返しただろう。

 初めは痛みに悲鳴や泣き声を上げていたけど、気付けば何も発することが出来なかった。呼吸もいつのまにか忘れていて、痛みを感じなくなっていた。


「おやおやぁ~? 今度はお前さんが死んだのか」


 一羽のカラスが赤い海に降り立ち、私に笑いかける。

 クチバシを鳴らしてバカにするような言い方をするカラスなんて、クロウしかいない。


「あっけねーな。でも、今までにない展開で面白かったぜ」


 面白かったの一言で、片付けられてしまう。



 でも、これで凌太は生きている……。



 恵香が回りの人に取り押さえられて、その隙に凌太が駆け寄ってきた。彼は涙を流して、私を抱きしめてくれる。



 凌太の温もりが、遠くに感じる――。



「でも、この後あのニンゲンも死ぬ」



 今、何て言ったの……?



「お前さんを死なせた罪悪感に押し潰されて、数日後に病院から転落するのさ」



 そんな、なんで……。



「お前さんのことを大切に思っていたんだろうな。じゃなきゃ、ここまで思い詰めることもねぇだろ?」


 私が死んでも、凌太が生きてくれるならそれでいい。でも、そうじゃないなら……。


「ククッ、死んでもまだあのニンゲンを好きか。こりゃ傑作だな」


 私は動かない腕をどうにか伸ばす。


「いいぜぇ、また巻き戻してやるよ」


 翼を広げて、ゆっくりと羽ばたかせる。


「もっともっと話を面白くしてくれ。お前さんが望む限り、何度だって戻してやるさ」


 黒い羽が私を包む。


「だから運命に抗ってみてくれよ、その方が面白い」


 視界が奪われて、何も見えない。身体がどんどん冷たくなっていく。

 凌太もこんな感じだったのかな? 私は間違っていたのかな? ううん、間違っていたんだと思う。猫が人間に恋をして、想いを伝えようとしたから、こんなことになったんだ。



 ごめんなさい、凌太――。



 目を閉じているのに、まぶたの裏にいる私は、涙を流す。


「おい、大丈夫か!?」


 彼の声が懐かしく感じる。ついさっきまで訊いていたはずなのに――。

 動かなくて、冷たかった身体を強く抱きしめてくれる彼の手が、温かい。ずっと包まれていたいけど、そうもいかない。

 身体に感覚が戻ったのを確認して、私は意を決した。



 今度こそは、上手くやるから――。



「大じょ――」


 凌太が目を大きく開いたまま固まる。

 がんばるって決めたのに、諦めるって決めたのに、どうしてだろう。ゆっくりと目を開けると、涙が零れ落ちた。

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