ep.5 あなたの痛みを知った時

「渡すもんか、彼女は僕の――」

「ねぇ」

「あれ、あなたは……」

「凌太見なかった?」

「あー……凌太先輩ならついさっき、ご飯を食べに行きましたよ」

「ふーん……」

「女の子と二人で」

「え……」

「それって、どういうことかわかりますよね?」

「…………」

「いいんですか? ――浅葉あさば先輩」



             ★☆



 辺りは暗くなって、夜を迎えていた。


「遅くまでごめんな」

「ううん、大丈夫!」


 今日はずっと凌太と一緒にいられた。それだけでも嬉しい!

 初めてハンバーガーっていうのを食べて、凌太とたくさん話をした。

 猫だったことは話せないから上手く説明出来たのかはわからないけど、凌太はきちんと訊いてくれた。何度も頷きながら笑ってくれて、凄く嬉しくて、幸せな時間だった。



 この幸せが、続けばいいのに――。



「家どこ? 送るよ」

「えっ!?」


 それはちょっと困る。トキツバの近くの公園だなんて、言えない。


「だ、大丈夫だよ」

「でも、暗いし……」

「その優しさだけで充分だよ」


 横断歩道の信号が赤になり、足を止める。二人並んで話せることが、嬉しい。


「また、逢えるかな?」


 凌太の言葉に顔を上げると、車のライトで照らされた表情は、少し頬が赤いように感じた。


「また、逢ってくれる?」

「白がいいなら……」

「私は凌太に逢いたい! でも、凌太が嫌なら……」

「俺だって白に逢いたい! 初めてって感じがしないんだ、懐かしいっていうか……前から知ってるって感じがして……」

(それって、私が猫だったことに気付いて――)


 信号が青になり、音楽が流れる。周りの人達が歩き出す中、私と凌太は見つめ合ったまま動かない。


「渡ろう」


 私の手を取り、走り出す。横断歩道を真ん中まで渡ると、音楽が止まった。


「僕は気に入ったものは手に入れるんだ」

「え?」


 すれ違った人から訊こえた声……康介に似ていた気がした。

 後ろを振り返ってみても、誰もいない。信号が点滅し始めたのが見えた、次の瞬間、誰かが私にぶつかってきた。



 鋭い痛みが腹部に走り、私は目を大きく見開く。



「あ……」


 青く長い髪をなびかせて、トキツバの制服を着た彼女は、私から離れた。電流が走ったような感覚が、身体中を駆け巡る。膝から崩れ落ちて、その場に倒れた。


「白? どうし――」


 異変に気付いた凌太が振り返ると、言葉が止まる。何かを言おうとした、その時、彼はお腹を抱えて静かに倒れていく。


「りょう、た……」

「許さない……他の女になんかに渡さない……」

「恵香、お前……」

「凌太はずっとあたしのものよ!」


 赤い雫が滴るハサミを手にして、恵香が凌太の前に立つ。


「これはお仕置きよ、他の女にうつつを抜かすから……彼に感謝しなくちゃね。未然に防げたんだから」

「何言って……」

「一度教えてあげなくちゃね……」

「やめろ、恵香……」

「あたしのケガは誰のせい? 凌太の蹴りが入ったからだよ? だからあたしはサッカーが出来なくなった、でもね、別に怨んでないよ。だって、凌太と一緒になれたんだから。責任取ってくれるんでしょ? なのに、どうして……」


 踵を返してこちらを向く恵香の顔は、今まで以上に怖かった。歯を見せてニヤリと笑うその顔が、狂気を帯びた瞳で私を見るのが、恐怖で身体が動かない。


「やめろ、恵香……やめてくれ! 俺が悪かったから!」

「そうね、凌太が悪いの。だから、身をもって知るのよ」



 あなたのせいで、人生が壊れる瞬間を――。



 恵香がゆっくりと歩いてくる。右手に持つハサミを振りかざす。車のライトで反射して、鋭く光った。刃の先端から赤い雫が、地面に落ちる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る