ep.4 彼以外の男の子の登場に…

「特には……たまにお散歩したり、塀を歩いてるくらいかな?」


 何か運動しているのかって聞かれても困るんだけど、と思いながらも答える。


「ぷっ!」


 いきなり吹き出されて、私は目を丸くした。何か面白いこと言ったかな? 笑われるようなこと言った?


「本当に猫みたいですね」

(しまった、今は人間なのに……っ! 人間はそういうことしないんだ)


 さっき塀を登ろうとして、怒られたばかりなのに……。


「今のはなしで……」


 慌てて訂正しようとすると、彼の手とぶつかってしまう。

 サッカーボールが転がり、ウズウズしてきた。拾い上げようとする彼よりも先に飛びつき、手で遊ぶ。


「…………」

「あ……っ!」


 ハッと我に返ると、彼からの視線が痛い。しまったと思った時には、遅かった。私は苦笑を浮かべて、彼にサッカーボールを渡す。


「ご、ごめんなさい……サッカーは足で遊ぶんだよね?」

「そうですけど、いいんじゃないですか? 今は試合じゃないですし、ゴールキーパーは手を使います」

「ゴールキーパー?」


 初めて訊く言葉に首を傾げると、彼はまた笑う。凌太とは違う笑い方をするんだなぁ、と思っていると、手を掴まれた。


「面白い人ですね、気に入った」

「え?」

「一目惚れしました、僕と付き合ってください」

「付き合……う?」


 それって何だっけ? 一目惚れは私と同じってことだよね? だから、私のことが好きってことで……付き合うって確か、凌太と恵香けいかのことを言うんだよね?


(あれ? ってことは……)



 彼は私に一目惚れして、彼氏彼女になって欲しいって言ったの?



「えええっ!?」


 私は手を振り払い、彼から離れる。


「なんで? そんな今逢ったばかりだよ? なんでそんな……」

「言ったじゃないですか、一目惚れだって」

「そう、だけど……」

「あなたみたいな人、初めてなんです。自由に生きてるって感じがして……僕にないものを持っている」


 何より、と呟いて、目を細める。


「面白い人だなって思ったから。今、運命を感じたんです。だから好き」

「運命……」


 きっと、私もあの時、凌太に感じたのかもしれない。だから好きだって思ったのかも。


(持っていないものって……それは私が元猫だからだと思うんだけど……)

「僕にないものを持ってる人って魅力的だなって……」

「でも、私……あなたのこと知らないし……」

「じゃあ、何が知りたいですか?」

「え?」

「僕は時翼ときつばさ高校、二年の梶康介かじこうすけ。サッカー部の期待のエースです。女子からの人気は上々、来年はキャプテンになる予定なので、オススメですよ」

「オススメ? キャプテン?」


 何を言っているのか、さっぱりわからない。彼――康介――は目を輝かせて、私に詰め寄る。


「さあ、僕のことはわかりましたよね?」

「ええ……?」


 わかったというよりも、一方的に訊かされたっていう方が正しくて、イマイチ頭に何の情報も残っていない。


「まだ足りませんか? 生年月日や好きな物、成績は付き合ってからお話したいと思っているのですが……」

「いや、そうじゃなくて……」


 足りないも何も、康介のことが何一つとして私の中にない。一度にたくさん喋られたからかな? 凌太の時はこんなことなかった。



 じゃあ、彼と何が違うの……?



 うーん、と唸っていると、更に康介は私に近付いてくる。私が後ろに下がれば、その分前に出てきた。目を輝かせて、真っすぐに見つめてくる。


「ところであなたの名前を教え――」

「白!」


 迫ってくる康介の動きが止まった。

 声のした方を見ると、トキツバのジャージを着た凌太がいた。制服姿しか見たことなかったから、少しだけ新鮮に感じる。


「凌太!」

「良かった……事故とかに遭ってなくて……本当に……」

「もしかして、練習試合終わっちゃった?」

「ああ……御蔭で集中出来なかったよ、誰かさんが心配で」

「ご、ごめんなさい……」

「冗談だって。試合には勝ったからさ、この後付き合ってよ」

「えっ!? 付き合う……?」

「言ったろ、白のこと教えてって。どっか店で話そう、腹減ってるから」

「あ……」

 そういう付き合うか、そうだよね。



 凌太には恵香がいるんだから――。



 でも、二回目の時にも感じた、あの感じも気になる。

 恵香は凌太を好きだけど、凌太はどうなんだろ? クロウの言っていたことも気になる。好きじゃないのに付き合っているの? どうして?


「お疲れ様です、凌太先輩」

「あれ、康介……白と一緒で何してんだ?」

「白……凌太先輩は彼女のこと知ってるんですか?」

「ああ、まあ、ちょっとね……」


 一瞬、康介から怒りを感じた。恵香と同じ、嫉妬に似ている。でも、どうして? 康介は凌太のことを好きとかじゃないのに、何に嫉妬しているんだろ?

 凌太は少し困った顔をして、頬を掻いていた。対して、康介は笑顔を向けているけど、怒りを抱えている。


「あの、凌太……」

「ん? ああ、早く行こう。俺腹減ったんだ」

「わっ!?」

「バーガーとカフェ、どっちがいい? 女の子ならカフェとか?」

「私は……どっちでもいいよ。凌太の行きたいところで」

「じゃあ――」


 私の手を取り走り出す凌太の笑顔が眩しくて、目を細める。だからかな? 後ろから感じる冷たい視線が、凄く痛く感じた。

 顔だけで振り返ると、瞳孔を開いて小指の爪を齧っている。日が暮れ始めていたせいか、表情が暗くて、怖い。



 まるで私の首を絞めた、恵香と同じ顔だ――。

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