ep.2 あなたが教えてくれた気持ち

「……にゃーっ!」


 彼の手を振り払い、地面を蹴り上げた。転がっていくボールに追いつき、両手で掴む。そのままコロコロと手で遊んでいると、視線を感じて慌てて顔を上げた。


(しまった……)


 凌太がいたのに、いつもの癖で……それも人間の姿なのに!


「あ、あの、これは……」


 どうにか言い訳をしようと視線を彷徨わせると、彼は吹き出して笑い始めた。


「あははっ! 本当にシロにそっくりだな」

「……え?」


 お腹を抱えて笑い始める彼に、私は目を丸くする。


「いや、シロも動く物を見るとすぐ追いかけて……どっか行くんだ」

(そう、だっけ……?)


 あまり意識したことがなかった。でも、言われるとそうだったかもしれない。私が何かを追いかけて彼から離れても、いつも近くで見守っていてくれていた。あまりに遠くに行く時は、抱っこしてもらって一緒に追いかけたりもした。

 凌太はサッカーボールを拾い上げて、私から少し離れたところに置いた。


「危なっかしいけど、そこがまた可愛いんだよ。今、それを思い出した。放っておけないんだ」


 だからかな、と呟いて上体を起こして、真っすぐ立つ。


「白を追いかけたのは……放っておけなくて」

「……危なっかしいから?」

「それもあるけど、白のことを知りたいって……思ったのかもしれない」

「私のことを?」

「だって、俺は知らないのに、君だけ俺を知ってる……ズルイだろ?」

「ズルイ?」

「だから教えてよ」


 軽くサッカーボールを蹴って、こっちに転がす。


「にゃっ!」


 それを私は飛びかかって止めると、笑い声が訊こえてきた。


「違う違う、サッカーは足でやるスポーツだから手はダメだよ」

「そ、そうなの……?」

「こっちに蹴ってみて」

「う、うん……」


 ゆっくりと立ち上がり、恐る恐るつま先で優しく蹴ってみる。凌太の方に始めは向かっていたけど、途中で右に曲がってしまう。


「あ……」

「いい感じ!」


 凌太が回り込んで、しっかりと靴の裏で受け止めてくれた。

 また私の方にボールを蹴ってくれる。今度は手じゃなくて、足を使って止めてみた。最初は上手くいなかなくて、別方向に転がっていく。


「あ、あれ……」

「そんなに力を入れないで、待っててごらん。ボールは白の足元で止まるから」

「う、うん……っ!」


 もう一度、彼が私に向かってボールを蹴ってくれた。慌てず、勢いよく足を出すんじゃなくて、ただ待ってみる。

 大丈夫、凌太はウソをつかない。私との約束は守ってくれる。



 だから、信じられる!



 静かに転がってきたサッカーボールは、私の靴に当たると、そのまま止まった。


「蹴ってみて!」

「にゃっ!」


 足を振り上げて、つま先でしっかりとボールを捉える。

 私が蹴ったボールは真っすぐと凌太の方に向かっていき、彼は靴の裏で受け止めてくれた。


「な、出来たろ?」

(その笑顔、反則……)


 ニッコリと笑う彼を見て、顔が熱くなるのを感じた。凌太は私のことをズルイって言ったけど、それは凌太だってそうだよ。

 諦めようとしていたのに、好きだっていう気持ちを更に強くしていく。忘れようとしても、忘れられなくなる。


「ねぇ、凌太……」


 大きく息を吸って、足元に視線を落とす。


「ん?」


 彼が蹴ってくれたボールを受け止めて、私は口を開く。


「もし……もしだよ。あなたの好きな人が、自分が側にいるせいで死んじゃう運命だとしたら、凌太ならどうする?」

「え……」

「諦めた方がいいって思ったら、どうする?」


 トンッと静かに、弱く蹴ってボールを凌太に返す。


「そうだな……」


 ゆっくりと転がっていき、凌太の足元で止まる。


「それでも、俺は諦めたくないな」

「どうして……?」


 私のせいで凌太が死んじゃうんだよ?


「だって、それって自分の気持ちにウソつくことになるだろ?」

「そうだけど……」


 私が諦めれば、凌太は死ななくて済むならそれで――。


「俺は嫌だね、好きな人は好きだし。そんな運命なんて変えてやればいいだろ? 何度だって挑戦するよ、俺ならね」


 私は目を大きく開いた。転がってくるサッカーボールの後ろで、笑顔を輝かせている凌太がいる。

 ボールが私の足元で止まる。


「挑戦して、ダメでも……諦めるのは勿体ないんじゃない? だって、その人のことが本当に好きなら、そんな簡単に諦められないだろ?」


 目の奥が熱くなって、涙が溢れた。頬を伝って、地面に落ちていく。サッカーボールにも落ちたのか、ポツポツと音がした。


「うん……っ!」

「えっ! なんで泣くの!? マズイことでも言った?」

「ううん……違うの」



 やっぱり、私……凌太のことが好き!



 ここで諦めちゃダメだよね、想いを伝えてみなくちゃ……まずはそれからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る