ep.5 伝えられない悲しみ、二回目の最期

「凌太のこと、好きなんだって」

「……え?」


 私の声と凌太の声が、重なった次の瞬間、恵香は地面を強く蹴った。彼の腕を引いて、そのまま道路に飛び出す。

 突然のことで動くことが出来なかった。凌太は彼女に連れられるまま、前に進んだ。

 恵香の横顔が笑っていた。唇が微かに動く。



 あんたには、絶対に渡さない――。



 目を大きく開いて、瞳に凌太を映す。

 彼の腕を掴もうと伸ばした手は、空を握り締めるだけだった。

 目の前をトラックが通過していく。鈍い音が響き、甲高いブレーキ音が鳴り渡る。


「あぁ……」


 周囲から悲鳴が上がり、人が集まってきた。

 私はゆっくりと赤い海へと足を踏み入れて行く。あの時とは違うのは、浮かぶのが二人。


「りょう……」


 手を繋いで、恵香は口元に笑みを浮かべていた。



 どう? これであたし達の邪魔が出来ないでしょ?



 今にもそんなことを言ってきそうな、満面の笑みで動かない。


「た……」


 また何も訊くことが出来なかった。今度は伝えることすら叶わなかった。



 どうしてまた、彼が死なないといけないのか……。



 膝から崩れ落ちて、彼を抱きしめる。白いワンピースが赤く染まっていく。



 どうして、また――。



「カーカカカッ! まぁた死んじまったのか」


 声のした方を見ると、クロウが赤い海に下り立つ。


「今回はお前さんの口で伝えることが出来なかったなぁ」

「そんなこと、どうでもいい!」

「んん? いいのか?」

「それよりも、凌太が――」

「ククッ、死んじまったなぁ」


 涙が頬を伝い、顎先から小さな粒が赤に吸い込まれた。


「どうしたい?」

「……助けて……」


 こんなの嫌だ。凌太が死んじゃうなんて、そんな世界……生きていても仕方がない。想いを伝えたいだけなのに、どうして――。


「次は……上手くいくといいなぁ」


 クチバシを鳴らして、高笑いを上げた。翼を大きく広げると、黒い羽が舞い私を包み込む。目を静かに閉じて、空を仰いだ。


「次は……」



 凌太が死なない時間でありますように――。



 クロウの笑い声が、遠くなっていく。その代わりに、愛しい人の声が次第に大きくなった。

 私を抱きしめてくれる温もりを感じて、出来ることならこのまま眠りたい。


「――おい」


 また、あなたの声で目が覚める。

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