ep.4 持ちたい信用、持てない自信
「なんで、知ってるの……」
前の時間で恵香が教えてくれた。
「だったらなんで……」
想いを伝える大切さを教えてくれたのは、恵香だよ?
「凌太だって、恵香のことが好きで付き合ってるんじゃないの?」
「……っ!」
(あれ……?)
恵香の力が一瞬、弱まった気がした。表情が暗くなって、目を大きく開く。歯を強く噛み締めて、私を睨み付けた。
どうしてそんな顔をするの? だって、二人は付き合っているんだよね?
でも、それよりも――。
(今だ……っ!)
私は勢いよく上体を起こして、彼女の額に頭突きをする。よろめいた隙に恵香の下から逃げようとしたけど、すぐに腕を掴まれた。
「渡さない……」
「に――っ!」
彼女の指が喉に食い込み、絞め上げていく。
「ぐ……っ!」
「あんたになんかに、凌太は渡さない!」
怒りに歪んだ顔、あの時と同じ。荒い呼吸を繰り返して、手に力を込められていく。息が詰まり、意識が遠くなる。
(どうしていきなり怒り始めたんだろ……)
【あのニンゲンは好きであのメスと付き合ってる訳じゃあない】
【出さずに後悔するなら、出しちゃって後悔した方がいいでしょ。それに、付き合っているのに告白されて、そっちになびいちゃうなら……今の相手に満足してないんじゃない?】
クロウと恵香の言葉が、頭の中で再生される。
もしかして、凌太は――。
「何してんだ!」
薄れていく意識の中で、愛しい人の声が訊こえた。
恵香の手が離れたのか、ようやく息を奥深くまで吸うことが出来て咳き込む。
「――……げほっ、げほ!」
「大丈夫か!?」
「りょう、た……?」
「恵香、お前……何やってんだ!」
「あたしは……悪くない。その子が悪いのよ!」
「何言ってんだ……」
「あたしは悪くない、悪くない……」
「恵香!」
凌太が怒鳴ると、彼女はビクリと身体を震わせた。
(こんな顔……初めて見た……)
いつもは笑っていて、たまに寂しそうな顔をしていたけど、こんなに怒っている凌太は初めて見る。
「お前、いい加減にしろよ……いつもいつも」
「何よ……っ!」
「おい!」
踵を返して、恵香は走り出す。凌太は引き留めようと手を伸ばしたけど、届かない。
「白、ちょっと待ってて。謝らせるら……」
「ま、って……」
彼の制服を掴もうとするけど、身体が思うように動かない。
(ダメ、行っちゃ……このままだと……)
両手で地面を押して、どうにか立ち上がる。何度も深呼吸を繰り返して、脚を動かした。ゆっくりと前に進んで行く。凌太を止めないと、じゃないとまた――。
あの悲劇が――。
甲高いブレーキ音が響き、道路が赤く染まる。あんなのもう、見たくない!
「凌太……っ」
フラフラとおぼつかない足取りで前に進む。人間の足は遅いのに、更に遅く感じる。それが
もどかしくて、目の奥が熱くなってきた。
また凌太が――。
嫌な考えを振り払うように、頭を左右に振った。
まだ彼は生きている。
諦めちゃいけない、今度こそは……だって、まだ気持ちを伝えていないんだから。
「恵香!」
「離してよ!」
「ダメ!」
恵香と同時に、私は叫んだ。
彼女の腕を掴んだまま、凌太はこっちを振り返る。その直後、彼と恵香の後ろを大きな車が通過していく。
安堵の息を吐いたのも束の間、彼女は口角を上げた。
「この子、凌太に伝えたいことがあるんだって」
「え?」
「訊いてあげれば?」
恵香は凌太の腕を掴み、微笑む。
「あたし思ったの……友達の背中を押してあげた方がいいんじゃないかって」
さっきと言っていたことと違う。
「あたし、凌太のこと信じてるから……」
「恵香……いいの?」
「白があたしに相談してくれたこと、凄く嬉しかったから」
見たことない笑顔を見せられて、私はほっとした。
あんなに怒っていたのも、私が突然だったから驚いたのかもしれない。
私に言ってくれたことは、本心だったんだ。
「だって、あたしと白は友達でしょ?」
「うん……っ!」
微笑む恵香を見て、私は安心した。彼女がこんなにも嬉しそうに笑うのを初めて見る。
「何の話だよ……というか、恵香。お前いつの間に白と――」
「凌太が友達になれって言ったんでしょ?」
それに、と言って口を一度閉じる。彼も私も恵香の次の言葉を待つ。
彼女は小さく息を吐いて、目を細めて笑う。
「あたし、凌太のお蔭で決心がついたんだから」
さっきまでとは違う、背筋が凍る笑い方だ。
凌太も同じことを思ったのか、音を鳴らして唾を飲む。汗が流れて、顎先から落ちた。
人って凄い、こんなにも相手を怯えさせる笑い方が出来るなんて……性格が悪いボス猫でもこんなこと出来ないと思う。
「ほら、白」
「え……あ、うん……」
名前を呼ばれて、ビクリと身体を震わせた。
(そうだ、伝えなくちゃ――)
私は深呼吸を繰り返して、凌太をしっかりと見上げる。
「あのね、凌太――」
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