ep.3 初めての恋愛相談

「人間って難しいなぁ……」


 膝を抱えて、地面を見つめる。風に吹かれて草が揺れて、ゆっくりと時間が過ぎていく。いくら考えても答えは出てこない……。

 恵香は凌太のことが好き。でも、凌太はどうなんだろ? 好きじゃないの? でも、付き合っている……難しいなぁ。


(好きだから付き合うんじゃないの? 好きだから気持ちを伝えるんじゃないの?)

「変なこと言うのね」


 風になびいていた草が、踏み潰された。靴のつま先が見えたので、顔を上げる。太陽の光を背にしているせいか、顔に影が差して誰だかわからなかった。


「え?」

「人間って難しい、って……あんたも人間でしょ」

「あ、うん……そう、だけど……」


 視界が慣れてきて、ようやく誰なのか理解出来た。

 恵香だ!

 私を見下ろして、溜め息を吐く。私が驚いて何も言えないでいると、彼女は黙って見つめている。


「あんたって……」

「――っ!」


 ギクリ、と身構えてしまう。私が猫だってことに気付いているとか?

 でも、凌太だって気付かなかったのに――。


「他の子とは違うみたいね」

「え?」

「なんて言うか……面白い」

(……褒められてるのかな?)


 ジッと見つめていると、恵香は視線を逸らして踵を返す。


「あ、待っ――」


 これはチャンスなのかもしれない。



 二人のことを知ることが出来る、凌太のことを理解するのは今しかない!



 手を伸ばして恵香の腕を掴もうとしたけど、届かなかった。


「何してんの?」

「て……あれ?」


 恵香は腕を伸ばして固まる私の隣に立って、呆れた表情を浮かべていた。その場に座り、横目で私を見る。


「いや、その……帰っちゃうのかと思って……」

「面白いから暇つぶしになるかなって思っただけ」

「……暇なの?」

「そういうんじゃなくて! その……なりたいんでしょ!? あたしと、友達に!」


 頬を赤らめながら叫ぶと、私を睨む。でも、憤りや嫌悪を感じられないから、本当に怒っている訳じゃないんだと思う。それに――。


「私と友達になってくれるの?」

「まあ、考えてあげてもいいわよ……凌太も言ってたし」


 これは……一歩前進なのかもしれない。


「それで、何が難しいの?」


 不機嫌そうな顔で問いかけてくれる。


「えっと……好きな人がいるんだけどね、想いを伝えたくて……その人のいるところにきたんだけど、どうしたらいいのか迷ってるの」

「どうして?」

「どうして……好きになっちゃいけない人だからかな」


 想いを伝えたくて人の身体を手に入れたけど、凌太には彼女がいる。想いを伝えたら、彼は死んでしまった。それなら想いを伝えるのをやめようって思う。


「ふーん……その人付き合ってるんだ」


 それもあるけど、猫と人の壁があるんだと思う。

 越えられない高い壁。ううん、越えちゃいけないのかもしれない。だからあんなことが起きたのかも――。

 私が強く目を閉じて、唇を引き結ぶと、隣から溜め息が訊こえてきた。


「後悔しないの?」

「え?」

「気持ちを伝えなくて、後悔しないの?」

「……どうだろ?」


 多分、凄くすると思う。せっかく人間にもなれたのに……。


「あたしなら伝えるな」

「え?」

「出さずに後悔するなら、出しちゃって後悔した方がいいでしょ。それに、付き合っているのに告白されて、そっちになびいちゃうなら……今の相手に満足してないんじゃない?」

(そういう考え方もあるんだ……)

「私だってそうだったから、想いを伝えることが大切だと思うけどね……」

「そっか……そうだよね!」


 伝えることが大切、相手を想うことの方が一番いい。


「ありがとう、恵香!」


 彼女の手を強く握り締めて、上下に激しく振る。話を訊いてもらえて嬉しい、勇気をもらえた。


「やっぱり、伝える!」


 勢いよく立ち上がり、一人で頷く。


「喜んでもらえたなら良か――」

「今から凌太に伝えてくるね!」

「……え?」


 ビクリ、と彼女の身体が震えたのが見て分かる。

 毛が逆立つのを――今は鳥肌が立つのを――感じる。悪寒が背中を駆けたのがわかった。

 場の空気が一瞬にして変わって、恵香はあの時と同じ怒りの雰囲気をかもし出す。口元を引きつらせて、目を大きく見開いた。

 いきなり私の手首を掴んで、捻り上げられる。爪を立てられたのか、チクッとした後にじわじわと痛みが広がっていく。


「け、恵香……?」

「今、何て言ったの?」

「え……」

「今、何て言ったの?」

「だから、凌太に……」


 恐る恐る言葉を続けていくと、痛みが強くなる。手首が締め上げられていく。

 痛みで顔を歪めながらも私は、言葉を続けた。


「私の気持ちを……」


 次の瞬間、目の奥が光ったように感じて、頭の中で星が見えた。

 恵香が私の腕を引いて、立ち上がると同時に、頭突きをくらう。バランスを崩してよろめくと、そのまま押し倒された。

 私の上にまたがるように座り、両手を首に添える。


「いった……」

「ふざけないでよ……」

「どうして……」

「はぁ?」


 恵香の態度が急に変わったこともだけど、それだけじゃない。


「背中を押してくれたのは恵香だよ?」

「相手が凌太だなんて訊いてない」

「それは……でも、言ったじゃない」

「何を……」

「付き合ってるのに、告白されたぐらいで気持ちが動くなら……満足してないって」

「それは……」

「恵香は凌太のことが好きなんでしょ? 付き合ってるんでしょ!?」


 彼女の手首を掴み、抵抗をする。

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