ep.2 歩み寄る勇気、友達への一歩

「あの、私……木下白って言うの」

「だから……?」

「私と、友達になって!」


 一瞬、瞳孔が小さくなったのがわかった。怒りとかじゃなくて、驚いたんだと思う。嫌だって感じが、なくなった感じがした。凌太もそれに気付いたのか、微笑みを向ける。


「コイツ、浅葉あさば恵香」

「ちょっと、勝手に人の名前教えないでよ」

「いいだろ、白だって自己紹介したんだ。それにこれを機に友達作ったらどうだ?」

「余計なお世話よ。あたしは凌太がいればいいの」

「またそれか……お前なぁ」


 松の葉が刺さったように、心がチクリと痛む。


(なんだろ……この痛み……)


 凌太と言い合い、ケンカしているのが少しだけ羨ましく感じた。仲がいいことはもちろんだけど、ケンカが出来るってことは、それだけ相手との距離が近いってことだよね? その人をしっかり見ているから起きるんだと思う。

 猫は基本、縄張りだったり、好きなの取り合いでケンカすることが多い。


(ちょっとだけ、羨ましい……)


 想いが通じ合ったら、こういうことも出来るのかな?


「カーッ!」


 ビクリと身体を震わせて、空を見上げる。一羽のカラスが、私を嘲笑うように飛び回っていた。


「……とにかく、早く戻ろう。先生が呼んでるんだから」

「わかったって……」


 私を拒絶するように背中を向けると、乱暴に凌太の手を取り歩き出す。引っ張られる形で彼もついて行く。


「あ、待って……」


 恵香はチラリと振り返るけど、すぐに前を向いた。


(やっぱり、ムリなのかな?)


 肩を落として、小さく溜め息を吐く。


「そうだ」


 下を向こうとした私に、凌太が振り返り声をかけてくれる。


「思い出したことがあるんだけど」

「え?」

「似てるの、もう一つあった」


 代わりに凌太が私に微笑みかけて、指を差す。


「雰囲気」

「ふん、いき……?」

「上手く言えないけど……柔らかいって言うか、癒し?」


 頬をほんのりと赤らめて、頭を乱暴に掻く。苦笑を浮かべて、きびすを返した。照れくさくなったのかな? そんなところも可愛いなって思うけど、何より【癒し】だって言ってもらえたのが嬉しい。

 猫の時と同じ、私を見てくれているんだ。


「じゃあ、また」

「うん……また」


 手を軽く上げて返事をした時には、凌太は恵香の隣に立って歩き出す。

 背中が遠くなっていくのをただ見つめることしか出来なくて、胸が痛む。

 胸を強く掴んで、大きく深呼吸をした。離れて行くのも寂しいけど、私のことを覚えていなかったことが、何よりも悲しい。


「良かったなぁ、生きてる人間に逢えて」

「クロウ……」


 声がした方を見ると、一羽のカラスが歩いてきた。


「なんだぁ、そんな顔して……もっと喜んだらどうだ」


 確かに生きているのは嬉しいけど――。


「でも、私のことは覚えてなかった……」

「そりゃ、お前さんがニンゲンになったところから始まってるんだ……そこに戻っただけだろ。また始めりゃいいだけだろ」

「簡単に言わないでよ……」

「いいかぁ? ニンゲンが死んでちゃ今みたいな文句だって言えねぇんだ……贅沢ぜいたくなことを言うようになったな」


 ぜいたく? 人間になりたいって思って、凌太を助けてと願って、私のことを覚えていて欲しい、確かにそうかもしれない。



 生きていてくれただけでも喜ばないと――。



(確かに、クロウの言う通りだ……)


 私は唇を固く引き結び、拳を握り締めた。


「さぁて、次はどうするんだ?」

「……もういいよ」

「何だって?」

「もういい、私が気持ちを伝えたらまた凌太が――」

「おいおい、そりゃねーだろ!」


 いきなり飛びかかってきて、足の爪を立てられる。右足で私の左目付近を掴み、左足は木の幹を捉えて支えていた。


「言ったろ? 俺様は退屈が一番嫌いなんだって。何のためにニンゲンになったんだぁ、お前さん」

「それは……」


 想いを伝えるためだけど、でも……そのせいで凌太が死ぬのは嫌だ。私が我慢すればいいなら、それで――。


「ククッ、いいこと教えてやろうか?」

「え?」

「あのニンゲンは好きであのメスと付き合ってる訳じゃあない」

「それって……」

「カーカカカッ!」


 どういうことか尋ねようとしたけど、クロウは空高く舞い上がる。私の質問に答えずに、高笑いだけを残していった。


(好きじゃないのに付き合ってる……? どういうこと?)


 風が吹いて、銀色の髪を揺らした。凌太が褒めてくれた柔らかい毛が、私の頬をくすぐる。どういう意味なのか、と考える私を嘲笑っているように感じた。



            ★☆



 クロウの言葉の意味が結局、わからなかった。

 好きじゃないのに、一緒にいる……猫なら相手が強いから食べ物にありつけるとか、ってあると思うけど、人間はそうじゃない。ボス猫からエサをもらう必要がない。

 なら、どういうこと何だろう……。


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