ep.5 失った悲しみ、一回目の最期

「嫌だよ……凌太……」


 私の声が、周りの音に飲まれていく。

 駆けつけてきた大人達が何かを叫んでいる。騒ぎを訊きつけた子ども達が集まって、カシャカシャと音を奏でる。止まっているトラックの近くで、恵香が泣き崩れていた。


「どうして……」


 道路の真ん中で動かない凌太に近付き、身体を揺する。


「凌太……そんなところで寝てたら危ないよ……」


 凌太を囲むように赤い水溜まりが広がっていく。私の手も赤く染まった。これは――。


「あんたが悪いのよ……」


 声のした方を見ると、恵香が顔を怒りで歪めていた。


「あんたが、凌太を迷わせなかったら……死ななくて済んだのよ!」

「しん、だ……?」


 誰が? 凌太が? そんなのウソだ。だって、まだ温かいよ……?


「あんたが凌太を好きになったからいけないのよ!」

「私が……」


 彼を好きになったから? 人間の姿を手に入れたから? 想いを伝えようとしたから?



 凌太が死んだの?



 目の奥が熱くなり、大粒の涙が零れた。声が出ないけど、何かを叫びたくて、泣き喚きながら凌太を強く抱き締めた。


「どうして……」


 足が変な方向に向いて、腕が青紫色に腫れあがっている。頭からは赤い液体が流れていた。辺り一面が夕日よりも鮮やかな赤で染まっていく。


「嫌だ、嫌だよ……」


 凌太が死んだ。私の目の前から消えた。


「なんで……」


 あの時、私を助けてくれたのに……私は助けることが出来なかった。せっかく、人の身体を手にしたのに、言葉が通じ合うのに、どうして?


「凌太ぁ……っ!」


 恋心を知ったのに、誰かを好きなるってことを知ったのに、どうしてこんな――。


「あーあ、コイツは死んだなぁ」


 身体が強張り、動けなくなる。まるで金縛りにあったみたいだ。

 改めて現実を突きつけられて、私は耳を塞ぎたくなる。


「お前さん、これでいいのか?」


 手が止まり、ゆっくりと腕を下ろしていく。


「まだ返事を訊いてないんだろ?」


 そんなことどうでもいい。


「あと少し、お前さんが速く駆けつけていれば……いいや、ニンゲンの彼女に見付からなければ、こーんなことにはならなかったのにな」


 私が全部悪いんだ。何も出来なかった、助けてもらったのに――。


「また、ニンゲンと話がしたいか?」

「……出来るの? 凌太を生き返らせられるの!?」


 顔を上げると、クロウが凌太の上に立つ。


「生き返らせることは出来ねぇが……時間を戻すことなら出来る」

「時間を……戻す?」

「ああ、ニンゲンが生きている時間に戻るんだ。お前さんがな」

「私が……?」

「ああ、こことは違う時間軸……【運命】に進む前に戻ることが出来るが……さぁ、どうする?」


 そんなの、決まっている!


「お願い! 凌太を助けたい……だから私を、凌太が生きてる時間に戻して!」


 彼を助けることが出来るなら私は、何だってする。これが例え、悪魔のささやきだとしても、私は凌太を救いたい。


「ククッ、いいぜぇ!」


 クチバシを鳴らして笑い、翼を大きく広げた。黒くて艶のある羽が私を包み込み、視界を奪う。どっちが左で右か、立っているのか座っているのかもわからなくなるくらいに、頭がグラグラした。

 いつの間にか呼吸を忘れていたのか、苦しくなってきた。胸を強く掴み、唇を噛み締めた。


「カカカッ! 次は上手くやれよ?」


 そんな声が訊こえたような気がしたけど、今はもう何も訊こえない。



            ★☆



「おい……」

「ん……っ」


 息を吸い込むと、鼻を刺すような鉄の臭いから一変して草の匂いがした。同時に、誰かに抱きしめられているのか、温もりを感じる。


「大丈夫か!?」


 懐かしくて愛おしい人の声がした。

 重いまぶたまぶたをゆっくりと開けると、ボヤけた視界の中に見覚えのある顔が浮かび上がる。顎先から汗が流れて、私の頬を濡らした。


「大丈夫か?」

「あ……あぁ……」


 私は手を伸ばして、彼の頬にそっと触れる。


「凌太……」


 涙を流して、嗚咽混じりの声で名前を呼ぶ。また、こうしてあなたの名前が呼べる時がきて、本当に良かった――。

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