ep.4 掴めない想い

「それで……話って何?」


 先に口を開いたのは、凌太だった。


「あのね……」


 話したいことはいっぱいある。

 あの時、助けてもらったこと。一緒に食べたお菓子のこと。一緒にお昼寝したこと。たくさんの思い出を、温もりをくれたことにお礼だって言いたい。でも、それよりも先に伝えたいこと――人の姿を手に入れた本当の理由、想いを伝えたい。


「私、凌太のことが好きなの!」


 風が吹き抜けて、私と凌太の前髪を揺らした。

 春が過ぎて、もう少しで夏だっていうのに肌寒く感じる。でも、今の私にはちょうどいい。顔が熱くて、それを冷ましてくれる。

 日が傾き始めて、私達を赤く染めた。御蔭で私の頬が赤いことはバレていない、と思いたい。凌太の顔がさっきよりも赤い気がする。それは……夕日のせい? それとも私と同じく照れているの? 恥ずかしいの?


「え……あ、え……」


 口を動かすけど、言葉になっていない。こんな凌太を見るのも初めて。


「ずっと前から、好きだった……助けてもらったあの日から――」

「助けてもらったって……そんな今日だけで――」

「違うよ!」


 私は凌太の手を強く握り締めて、真っすぐに見つめた。潤んだ彼の瞳には、私しか映っていない。


「今日だけじゃないよ、車にかれそうになった時だって、助けてくれたじゃない!」

「車に……?」


 猫じゃないからわからないだけ、そう伝えようとした、その時だった。


「にゃっ!」


 突然の衝撃に、私はバランスを崩した。肩を木にぶつけて、その場にしゃがみ込む。


「……っ!」

「白、大丈夫か!?」

「う、うん……」

「何するんだ――恵香!」


 凌太の視線の先には、恵香がいた。いつの間に現れたのか、気付かなかった。


「何するんだって……それはこっちのセリフよ」


 眉間にしわを寄せて、眉を吊り上げていた。唇を噛み締めて、私を見下すような目で見つめる。


「人の彼氏に……手を出してんじゃないわよ!」

「かれ、し……?」


 猫の時に訊いたことがある。恵香くらいの女の子達が、嬉しそうに話をしていた。告白をして、付き合っている者同士の呼び方だったっけ?


(それじゃ……凌太と恵香は――)



 恋人なの……?



「だからっていきなり突き飛ばすことないだろ!」

「凌太も凌太よ! 何、告白されて舞い上がったの? デレデレしちゃって……」

「そんなんじゃ……」

「だったら何よ!」

「待って、凌太は悪くな――」

「あんたは黙っててよ! そもそも……あんたが凌太にちょっかい出したのが悪いんでしょ!」

「――っ!」


 胸倉を掴まれたと思った次の瞬間、勢いよく引かれて頭突きをもらう。目の奥がチカチカと光って、星が見えた。


「いった……」

「凌太の何を知ってて告白したの? あたしは小学校の時から一緒なのよ。いきなり現れて、何も知らないくせに!」

「し、知ってるよ! じゅけんのことで悩んでたり、目標を見付けたいこととか、ぐちだって訊いたことあるよ!」

「え……?」


 恵香だけじゃなくて、凌太も目を丸くした。


「どうして、それを白が知って――」

「だったら何よ! それだけでしょ!」


 怒りで顔が歪み、目には涙を浮かべている。それを見て、心がズキッと痛む。

 私が凌太を好きなように、恵香も彼を好きで、愛しているんだ。そうじゃないとこんな顔、出来ないよ……。


「いい加減、離せって」

「なんでこの子の肩を持つの!?」

「落ち着けって……」

(ああ、凌太が困ってる……)


 私のせいで二人の雰囲気がドンドン悪くなっていく。


「もういい!」

「あ、おい! 恵香!」


 突然走り出した彼女を凌太は、追いかけて行った。

 私だけ残されて、静かに風が吹く。

 草木が揺れる音だけが訊こえる。唇を引き結んで、拳を強く握り締めた。

 凌太を困らせてしまったけど、後悔はしていない。だって、私は想いを伝えたかっただけ、目標は達成した――。


(ううん、違う)


 まだだ、まだ凌太から返事をもらっていない。

 彼女がいるならきっとダメだと思うけど、きちんと凌太の言葉で訊きたい。そうじゃないと諦められない。猫に戻るのはそれからだ。


「凌太!」


 地面を蹴り上げて、彼らを追いかける。

 初めての全速力のせいか、もう息が上がっている。一生懸命に走っているけど、中々思うように進まない。猫だったらもっと速く駆け抜けることが出来るのに、と不便さを痛感していると、凌太達の背中が見えた。


「りょう、た……」


 私の声に反応したのか、彼がこっちを向く。いつものような優しい笑みを浮かべて、唇が動いた。何かを言ったような気もしたけど、何も訊こえなかった。


「凌太ぁぁぁっ!」


 悲鳴に近い声がした、次の瞬間――目の前を大きなトラックが通り過ぎた。

 鈍い衝突音がして、甲高いブレーキ音が響く。


「……え?」


 何が起きたのか、わからなかった。いや、違う。わかりたくなかった。

 彼に向かって伸ばした手が、空を掴む。ゆっくりと一歩ずつ前に進んで行くと、目の前が歪んだ。水の中に落ちた時と同じ感覚で、溺れた時みたいに腕を動かす。

 終わり見えない海に落ちたみたいに、私は何も掴むことが出来ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る