ep.3 あなたを待つ時間が切なくて
「放課後?」
「学校が終わったらすぐにくるから」
すぐにきてくれる? その言葉を信じてもいいの?
私は静かに頷いて、手を離した。
凌太は優しく微笑んで、私の頭を撫でてくれる。恵香と並んで歩いて行く彼の背中を見つめて、胸を強く握り締めた。
(大丈夫、凌太は約束を守ってくれる……)
「ククッ、メスの嫉妬は醜いねぇ」
「く、クロウ!?」
目の前に下り立ち、クチバシを鳴らす。
「まぁ、そこがまたいいんだけどなぁ……」
「何が言いたいの」
「いいやぁ? お前さん、ニンゲンらしく嫉妬しているなぁと思ってな」
「嫉妬……」
確かに、凌太と同じ学校に通える恵香を羨ましいと思ったけど、それ以上のことは――。
「まぁ、お前さん次第でどう物語が、運命が動くか……楽しみだなぁ」
「運命って……」
大袈裟な、と言おうとしたけど、やめた。
クロウの言う通り、運命かもしれない。私が人間の姿を手に入れる運命。凌太に想いを伝えられる運命。ただそれだけだと思っていた。
だから、この時はそれ以上のことを考えなかった。
本当の【運命】の意味を知ることになるまでは――。
★☆
あれから何度目かのチャイムが鳴り響き、多くの生徒達が校舎から出てくる。その度に私は背筋を伸ばして、彼の姿を探した。
木の下で両足を抱えて、黙って待ち続ける。
こんなに時間が経つのが遅いって感じるのは、いつ振りだろ? 凌太に初めて逢いに行く時と同じドキドキ感、本当にいるのか不安だった。遠くから様子を見ていると本当にいて、私も恐る恐る近付いた記憶がある。
『お! 待ってたんだ、おいで』
笑顔で迎えてくれたことも覚えている。その後は、早く次の日にならないかな、早く逢いたいって思うようになっていた。
「しかし、ニンゲンのどこがいいんだぁ?」
「――っ!?」
顔を上げるとクロウの姿があった。
「あんた……暇なの?」
「ああ、だからお前さんをニンゲンにしたんじゃねぇか。言ったろ、退屈が一番嫌いなんだってな」
「そんなこと言ってたような気もする」
「カーカカカッ! あのニンゲンと比べりゃ、俺様に対する興味なんてそんなもんか」
「……嫌味?」
私の前を歩くクロウを睨み付けると、わざとらしく驚いていた。
「いいやぁ、ただ、ニンゲンになるチャンスを与えてやった俺様にもっと感謝した方がいいんじゃねぇか、と思ってな」
「それは……」
確かにそうなんだけど、何だか
「ククッ、まぁいい。俺様を楽しませてくれればなぁ」
「……嫌な奴」
「カーカカカッ! 褒め言葉だねぇ」
で? と大きく一歩躍り出て、私を見上げる。黒真珠のような輝きを放つ瞳を細めて、嫌な笑みを浮かべた。
「想いは伝えたのかぁ?」
「……これから」
さっきは恵香って子に邪魔をされた。
「ククッ、早くした方がいいぜぇ。俺様の気分次第でお前さんは猫に戻っちまうんだからなぁ」
「わかってるよ……」
「にしてもだ、そんなにニンゲンに好きだって気持ちを伝えたいか? 猫に戻っちまうかもしれねぇのに?」
「……それでも、私の気持ちは知っていて欲しいから」
「メスってのは変な生き物だよなぁ」
「あんたにだけは言われたくないんだけど……」
「カーカカカッ! なんだぁ、俺様が変な生き物だって言うのかぁ?」
クチバシを鳴らして、大笑いをする。その場で転がり回って、急にピタリと止まった。わざとらしく溜め息を吐いて、私を見据える。
「こんなにわかりやすいカラスなのに、何がわからねぇって言うんだ?」
「じゃあ、どうして私を人間にしたの?」
「ククッ、面白いからに決まってんだろ?」
「面白い?」
「ああ、猫がニンゲンに恋をした? 想いを伝えたい? 見物じゃねぇか」
クチバシを鳴らして、私をバカにする。
「こっちは真剣なの!」
「だからいいんじゃねぇか」
もう一歩前に飛んで、私の腕にとまる。
「お前さんが本気だから見物なんだよ。本気の奴だからこそ、からかい甲斐があるんじゃねぇか。安心しな、失敗してもいいんだ。やり直すことが出来るんだからなぁ」
「何言って……」
失敗? やり直す? 想いを伝えるのは一度でいいのに、どうしてそんなことを――。
「白!」
きっと、今の私に尻尾があったらピンと真っすぐに伸びているに違いない。そして、ゆっくりと垂れて、左右に揺れている。嬉しいのがバレないのは、嬉しい。
声のした方を見ると、凌太がいた。私が立ち上がると同時に、クロウは空高く舞い上がる。
「まだ壊れるなよぉ? 俺様を楽しませてくれなきゃ困る」
(壊れる……?)
飛び去って行く際に、気になることを言って行ったけど、あれは一体……?
「ごめん、待った?」
「う、うん!」
すっごく待った! と言うと、凌太は吹き出した。
「あははっ! 正直だな、白って」
「え……ごめん、別に凌太を責めてる訳じゃないんだけど」
「わかってるよ」
「わ、わかってないよ! 私がどれだけ凌太に逢いたかったか……」
「ご、ごめん……」
ほんのりと赤く染まった頬を掻いて、視線を逸らす。
一瞬の間、沈黙が流れて、お互い見つめ合う。照れくさそうに笑う凌太を初めて見た。
(こんな風に笑うんだ……)
いろいろな表情につい見入ってしまう。
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