ep.4 落ちていくその先にあるのは……

 信用した訳じゃない。カラスはズル賢くて、騙すのが得意だ。この近くの猫だって、何匹もカラス達のせいで痛い目を見ている。それを知っているのに、クロウに頼ることしか出来ない私は、あまりにも無力だ。


「まぁ、俺様の力があればな……話はここにきたらしてやるよ」


 足踏みをして枝を揺らす。木の葉がひらひらと落ちてきた。


「お前さんなら簡単だろ?」


 クチバシを鳴らして嘲笑う。挑発だってわかっているけど、アイツのところにまで行かないと話を訊けそうにない。


「ここにくる覚悟がないのに、ニンゲンになりたいなんて……言わねぇよな?」

「……いいわ」


 落ちてきた葉を踏み締めて、太い幹に手をつける。一度目を閉じて、深呼吸をした。



【俺様が、お前さんの願いを叶えてやるぜぇ】



 あの時の言葉は、一度も忘れたことがなかった。どういう意味なのか、どうやるのか、本当に私の願いを叶えてくれるのか――。

 私の願い、それは……たった一つだけ。



 凌太に想いを、好きだって伝えたい。



 ただそれだけ。これが叶うなら、私は――何だってする。

 大きく目を開いて、私は勢いよく木を登る。大きな木といっても登れない高さじゃない。一気に駆け上がり、クロウのいる枝にあっという間に到着した。


「カーカカカッ! さすがだねぇ」

「バカにしてるの? これくらい……」

「いやぁ、嬉しいんだ。俺様の思った通りに動いてくれて」

「どういう意――」


 最後まで言うことが出来なかった。強風が吹いて、木全体を揺らす。私はバランスを崩しかけて、慌てて幹に掴まろうとしたけど、クロウに邪魔をされてしまう。


「これで退屈しなくて済むだろぉ?」


 彼は足で私の手を払うと、翼を広げて威嚇する。艶のある羽が舞い散り、私の視界を奪う。


「きゃっ!?」

「俺様はなぁ、退屈が一番嫌いなんだよ」


 私は足を踏み外して、慌てて枝にしがみつく。


「だからよぉ、ちょいと見せてくれよ」



 お前さんの描く、恋愛ごっこを――。



「にゃっ!」


 クロウは私の額を踏みつけて、クチバシを鳴らす。


「ニンゲンに恋をした猫。こんな面白いネタなんてそうないからなぁ……お前さんの欲望を見せてくれよ」


 腕から力が抜けて、身体が急に軽くなる。その瞬間、私は木から落ちたんだとわかった。爪を伸ばして、枝に引っかけるけど、クロウの足で払われる。

 大きく開いた目には、クチバシを大きく開けて笑うアイツの姿が映るだけ。

 今度は誰も助けてくれない。手を必死に伸ばすけど、届かない。


「凌太――」


 思わず口にしたのは、彼の名前だった。あの時の温もりが恋しい、愛しき人。

 人間なんて大変だな、としか思っていなかった。こんなにも想いが募るなんて、考えてもいなかった。これがアイツの言う欲望なのかな? 落ちていく中で、私は思った。



 この想いを伝えられたら、どれだけ嬉しいか、と――。

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