ep.3 願いを叶えたのはただの暇つぶし

「シロ」

「みっ!」


 名前を呼ばれて返事をすると、凌太は悲しそうな表情を浮かべた。


「しばらくこれなくなる」

「にゃ……」


 それってどういうこと? 前みたくテスト期間ってやつ?

 ううん、違う。きっとテスト期間よりも長く逢えないんだ。凌太はそんな顔をしてる。


「ごめん……」


 もう逢えなくなるの? そんなの嫌だよ!


「シャーッ!」

「うわっ!? どうしたんだよ、急に……」


 それはこっちのセリフ。どうしてここにこれなくなるの?


「受験があるんだ」

「みゃ……?」

「って、猫には受験がないからわからないよな」


 それが一体何なのかはわからないけど、やらなくちゃいけないことなの? いつもみたいにサボっちゃいけないの?

 人間は忙しくて、大変な生き物なんだって思っていた。大人も子どもそう。

 朝起きて、仕事や学校に行って、夜まで帰れない。毎日それの繰り返し。猫の私とは違う生活を送っている。

 ズキリと胸の奥が痛む。



 逢えなくなるなんて嫌だよ――。



「いいよな、悩みもなさそうだし」

「にっ!」

「いてっ!」


 それは訊き捨てならない。私だって悩みはあるよ! いっつも凌太のことを考えて、夜も眠れない。朝になったら早く凌太に逢いたくて、お気に入りの魚屋さんとも疎遠になっているんだから。

 食いぶちがなくなったら凌太のせいだ。責任取ってくれるの?


「猫パンチされた……なんだ、怒ったのか? ごめんな」


 もっと真剣に謝ってくれないかな?

 私の想いばかり募って、今だって楽しいよりも苦しいが強いんだから。

 この想いが、届かないって……叶わないってわかっているのに――。



 凌太のことが好き。



「シロにはシロの悩みがあるよな」

「にゃー……」

「俺も猫に生まれたかった。そしたら大学進学なんて考えなくていいのに」


 もし、彼が猫だったら……私も悩むことがなかったのかな? でも、それだと助けてもらうどころか、出逢わなかったかもしれない。

 難しいことが多い世の中だ。


「やりたいこと……目標がないんだ」


 私は凌太に逢うことがやりたいこと、目標だよ? それじゃダメなの?


「……なんて、ごめんな。愚痴ったりして」


 これが「ぐち」って言うの? 私にはよくわからないから、どんどん言って!


「わっ!」


 凌太の鼻にパンチを入れる。


「また……やったな、こいつ!」


 彼は私の鼻の頭を指先でつつく。じゃれたくてやった訳じゃない。「元気を出して」っていう意味だったんだけど……伝わらないよね。でも、いつの間にか笑顔になっていたから、結果オーライかな? って思う。

 どうしたら伝わるかな? そんなことを考えていると、凌太は突然、顔を近付けてきた。


「みっ!?」

「ありがとうな……」


 お互いの額を合わせて、呟かれた言葉に戸惑う。不意に顔が近くなるのは、反則だよ。


「御蔭で元気が出たよ、またな」


 そう言って私を下すと、凌太は立ち上がった。私は見上げることしか出来なくて、どうにか高鳴る鼓動を落ち着けないと、ってことしか考えられなくなる。


「ズルイよ……」


 いつも私ばかりドキドキしていて、凌太は何ともない顔をする。こんなにも想いが強くなるのに、もう逢えなくなるなんて……。



 そんなの嫌だよ――。



「カーカカカッ!」


 頭上から訊こえた笑い声に、ビクリと身体が震えた。

 離れて行く凌太の背中から視線を移して、空を見上げる。木の枝に立っている一羽のカラスが、こっちを見てニヤニヤと笑っていた。


「クロウ!」

「いつまでそんな夢を見ているんだ?」

「あんたには関係ないでしょ……」

「言ったろぉ? 俺様がお前さんの願いを叶えてやるって」


 耳がピクリと動く。

 前にお母さんが言っていた、カラスはウソつきだから話をまともに訊いちゃダメだって……今までそれを守っていた。


「…………」


 目を強く瞑って、振り返る。


「……どうやって」


 瞼を開いて、真っすぐにクロウを見据えた。


「ククッ、嬉しいねぇ……興味を持ってくれたのかぁ?」


 クチバシを鳴らして笑うクロウに対して、何も言い返すことが出来なかった。悔しい気持ちはもちろん、ある。だって、コイツの言う通りだから、反論したくても出来ない。

 私は興味を――願いを持っていた。凌太にこの想いを伝えられるなら何でもするって、そう思っている。


「そんな怖い顔するなって。お前さんにとってはいい話だろぉ?」

「あんたの話が本当ならね」

「ククッ、そうだな」

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