第6話 白い女
「あのー。ちょっといいですかー?」
いつもの声がする。
でも今日はそこに懐かしさがある。
俺は静かに起き上がり正面に座して、真っ直ぐに女を見据えた。
ずっと前から知っていたのだ。
人懐っこい瞳。白い肌。からからとした声。
こいつの姿は仮初めの姿なんかじゃない。
大切なことを忘れていたのは俺の方だった。
俺は堪らず女を抱きしめた。
熱はなくともそこに確かに女はいる。
「え?太郎さん?今度はどうしちゃったんですか?」
「ごめんな。」
「・・あの太郎さんが謝るとは。今日は雪ですね。」
当たり前だ。
それも、今年初めての。
「分かったよ。お前が誰なのか。」
「そうですか。おめでとうございます。」
「今日、助けてくる。」
「佐藤さんとミケちゃん、忘れちゃダメですよ。」
「分かってるって。」
沈黙が流れる。
いつものうるさいお喋りはどこへ言ったのか。
この女に出会ってから、夜の静けさを俺は忘れてしまっていたようだ。
「なんか話せよ。」
「うーん。いっぱい聞いてもらいたいことあったんですけど、忘れちゃいました。でも、いいんですよ。これから聞いてくれるんでしょ?」
「・・お前はどうなるんだ?」
「どうなんですかね。普通に考えると死者としての私は消えてしまいそうですけど。」
「助かった。消し去りたいこと、あったからな。」
俺は精一杯の笑顔で答えた。
その笑顔は引きつってなかっただろうか。
「ふふっ。油断しちゃいけませんよ。死者ほど恐ろしいものはありませんからね。」
女も能天気な笑顔で答えた。
ただただ、自然に笑えるこの女が妬ましかった。
「・・そろそろ、行きますね。」
「そうか・・。」
言おうかどうか迷っていたことがある。
俺は心を決めて切り出した。
「最後に1つだけ、聞いてもいいか?」
「なんですか?」
「本当に記憶を無くしているのか?全部。」
「・・1つだけですよ、答えるのは。」
女は少し考える素振りを見せてから、こう言った。
「本当に無くしていますよ。大切な記憶を。」
そう言い残すと、女はすぅっと闇に溶けていった。
残された俺は静寂につつまれた部屋の中で、女が座っていた場所をいつまでも見つめ続けていた。
夜が明けようとしている。
今日は22日。
この世界の誰よりも俺が愛する日だ。
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