第5話 山田太郎

あれからどれくらいたっただろうか。

捜査は相変わらず行き詰まったままだ。


変わったことといえば、毎朝アパートにひっかき傷だらけの男が帰ってくるようになったことだろうか。もうあんな思いは二度とごめんだ。


夜は相変わらず女の独壇場である。しかも最近は、太郎さん太郎さんと、馴れ馴れしさに拍車がかかって来た。怪しい女に弱味を握られることほど危ないことはない。


・・もう勘弁、そう思い始めた何回目かの夜。




「あのー。ちょっといいですかー?」


「・・ん。なんだ?」


「今日はビックニュースがあるんです!」


どうせ大したことないんだろと思いながら、仕方なく聞いてやる。


「もう100回以上22日を繰り返してるでしょう?私、そろそろ何とかしなくちゃって思って。私のこと猫だと思ってたような迷探偵には、少し荷が重そうですし。ふっふふ・・はははは!あー、思い出したら笑えてきました。」


「頼むからやめてくれ。」


「ふふ、わかりましたよ。でね、今日ついに分かったことがあるんです。私の記憶のこと。」


「なにっ?」


俺は、思わず身を乗り出した。


「聞きたいですよね。教えてあげましょう。」


「もったいぶるな。」


「へへ。やっぱり記憶のこと、一番よく分かりそうなのはお医者さんでしょ?でも、四畳半に閉じ込められて私からは会いにいけない。だから一芝居打つことにしたんです。「うわー、お腹がなんやかんやしてヤバイー!!」って大声で。名演技でしたね、私。生前ノーベル賞とってたのかも。」


「だとしたら平和賞だろうな。頭の中の。」


「そしたら外に立っていた若い看守があわててやってきて、おろおろしながらどうしましょうかって。見りゃ分かるだろ、ここにはポンコツしかいないのかって思いながら言ってやりましたよ。「お医者さん呼んできて!!間に合わなくて死んだらあんたのこと呪うから!!」って。すっ飛んで行きましたね。」


「お前ら二人とももう死んでるだろ。」


「10分くらい待つと、看守が白いヒゲを蓄えた60歳くらいのおじいちゃんを連れてきました。後はお願いします!って感じでビビりの看守はすぐ出て行っちゃったんで、助かりました。それまでのたうちまわっていた患者が、ドアが閉まったと同時に立ち上がって治りました!って言うんだから、ビックリしたでしょうね。」


「俺ならぶっ飛ばす。」


「でしょうね。でね、ヒゲのおじいちゃんは呆れ顔で帰り支度を始めたんで、チャンスだと思って聞いてみました。私、生きてた頃のこと全く思い出せないんです、なんでですか?って。すると少し驚いた感じで、いくつか質問してきました。あなたの性別は?とか。職業は?とか。最期になに食べた?とか。」


「ほう。」


「しばらく質問攻めにあった後、死者の記憶のこと、説明してくれました。実は死者が何かを忘れるって、当たり前のことらしいんです。やっぱり死ぬときのショックが大きいから。でもね、普通の人は1つや2つ、部分的な記憶が抜け落ちるだけなんですって。だから、誰かに指摘してもらわないと、自分が忘れているということすら忘れてしまう。むしろそれで、違和感なくいられるんでしょうね。」


「なるほどな。」


「ヒゲのおじいちゃん、私みたいに全ての記憶が飛んじゃった人を見たのは初めてらしくて。お手上げだって言われちゃいました。まあいつか思い出すじゃろって。」


「ん?なら結局、お前のことは全く分からずじまいじゃねえか。」


「えーと。そうなっちゃいますね。へへへ。」


「期待して損したわ。」


・・こんな何でもない会話が、呪いを終わらせるカギになろうとは。この時の俺には知るよしもなかった。










「今日は本当にありがとうございました。・・山田先輩みたいになれたらなあ。」


いつも通りの別れ際。

佐藤さんの聞きなれたセリフに違和感がした。

ふと女の話が頭をよぎる。

ペコリとお辞儀をして遠ざかる彼女の背中を思わず呼び止めた。


「ちょっと待って。・・俺の名前、呼んでみて。」


「え?どうしたんですか?ええと。・・山田さん?」


「じゃあ山田先輩って?」


「もちろん・・・。」



そうか。

そういうことだったのか。


白い女、佐藤彩香、ミケ、そして山田太郎。

呪いは彼らを救うためにあったのだ。


22日が今、終わろうとしている。

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