第3話 ???
あれから何日たっただろう。
捜査は完全に行き詰まった。
昼間は自分の数少ない友人の近況を、SNSを使って片っ端から聞き出す。怪しい人が見つかれば、偶然を装おって直接会いに行く。一度大学時代の友人を訪ねて
徳島まで行ったこともあった。ピンピンした姿を見てぶん殴ってやろうかと思ったが。
朝刊・夕刊は地方紙からかき集め、TVのニュースは全て目を通した。俺は今日、日本で起こったことについて誰よりも詳しいと自負している。もはや朝のニュースは、口で諳じられるレベルだ。
夕方は、佐藤さんのアパートに行って彼女の自殺を止める毎日。もちろん、彼女が死んでも俺が眠れば元通りなのだが、やはり知り合いが死ぬとわかっているのに放っておくのは寝覚めが悪い。
そして夜はと言えば、訳の分からん女の長話に延々と付き合わされる。記憶と一緒に喋り方も忘れてしまえば良かったのに、と毒づいてみても効果はない。生前もこんなけたたましい女だったのだろうか。だとしたら周りの者はたまったもんじゃないだろう。
・・そんな日々に気が滅入ってきた何回目かの夜。
「あのー。ちょっといいですかー。」
抵抗してみても結局白旗を挙げることは明白だ。
軽く身を起こして女の方を向くと、その表情は緩んでいる。
「何か気づきませんか?」
「べつに。」
「ははっ。やっぱり平手打ちされて当然ですね。」
女が笑うと耳元で何か揺らめいた。
「気づきましたか。これ、私が作ったんですよ。」
良く見ると、黒い子猫のイヤリングだ。
「毎日毎日、本当に暇なんですよね。四畳半には何もないし。山田さんには夜しか会えないし。ぐうたらしながら何しようかなーて考えてたら閃いたんです。
そうだ、オシャレしようって。」
「ほう。」
「私の姿は想像ですから。服装も自由に変えられるんです。かわいいが作れるって最高ですね。時間も忘れて熱中してしまいました。」
「楽しそうで何より。」
「幽霊らしさがなくなっちゃうから、山田さんに会いに来る前に元に戻したんですけど。イヤリングだけは着けてきてみました。どうですか?」
改めて見ると彼女の白い肌に黒が映えて、よく似合っている。そんな俺の様子を感じとったのか、女は得意気な表情を浮かべた。こんな時だけ察しがいい奴だ。気に食わん。
「猫、好きなのか?」
照れ隠しととられるのも癪だがたまらず聞いてみた。
「そうなんですかね?いろいろ試行錯誤した結果、黒猫のデザインが一番しっくり来たというか。生前、好きだったのかもしれませんね。」
「そうか!!!」
俺は思わず手を打った。
乾いた音が響く。
「・・ビックリしたー。どうしたんですか?って、え?もう寝ちゃうんですか?まだ私、聞いて欲しいことあるんですけど。・・おーい。」
俺は女の声には全く構わず、布団にくるまって女に背を向けた。ついに、この口うるさい女の正体がわかったのだ。今はただ、明日が待ち遠しい。
「まあいいです。私が誰かわかったみたいですから。あまり期待してませんけど。ただ、佐藤さん、でしたっけ?その子は忘れずに助けてあげてくださいね。もし正解ならば、2度と戻らぬ人になってしまうんですから。」
そんなことは百も承知だ。
いったい何回彼女を助けに行ったと思っている。
俺は女に背を向けたまま心の中で呟いた。
「あと、もうあんなくさいプロポーズみたいなセリフ、使っちゃだめですよ。・・その子、勘違いしちゃうかも知れませんから。」
よく分からない言葉を残したまま、背中の女の気配が消えた。あの能天気な女の口調が少し寂しげだったのは、気のせいだろうか。
何はともあれ、明日はついに今日から解放される。
俺は、安心して眠りについた。
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