第2話 佐藤彩香


「・・・強い寒気が南下してきており、今日は各地で初雪が観測されています。この影響で・・・」


あの女の言っていたことは本当だったようだ。

俺はリモコンを手にしたまま固まった。

さて、どうしたものか。



俺に関係がある人物。人付き合いがお世辞にも上手いとは言えない俺は、それほど交友関係が広くない。

だとしたら・・。


「・・会社か?」


ぼそりと独り言を呟いてから、俺は昨日と同じように40秒で支度して、玄関を飛び出した。




仕事の合間に、各部を回って情報を集める。かといって「今日死にそうな人いないですか?」と聞くわけにもいかない。病気、怪我などで欠勤している人がいないか探りを入れていると、怪しい人物が浮上してきた。



佐藤彩香。24歳。

普段の勤務態度は至って真面目だが、ここ数日無断欠勤している。そういえば、何年か前にお花見の席でご一緒したことがあった。第一印象は奥手そうな子という感じだったが、オヤジどもに無理矢理酒を飲まされて豹変したことを覚えている。なだめに入った俺の頬に、佐藤さんが振り上げた左手がクリーンヒットして酒の恐ろしさを身をもって知ったのだった。


・・この子だ。間違いない。



同僚から住所を聞き出そうと、ああだこうだ屁理屈をこねていると、意外にもあっさり教えてくれた。

少し違和感を感じながらも、俺は早退して佐藤さんの住所へと急行した。



メモした住所はサイドパレス206号。目の前にあるアパートは王宮にはほど遠いが、おそらくここだろう。

俺は目の前にあるコンビニでアンパンと牛乳を買い、電柱の影から部屋を見張ることにした。

・・正直、少し気分が高揚した。買い物帰りの親子連れに凄い目でみられたが構うことはない。捕まってしまってもどうせ明日には元に戻っているのだから。

ただこの寒さだけはなんとかして欲しい。



どれくらい時間がたったのだろうか。腕時計を見ると

時刻は、17時10分を指している。辺りもかなり暮れてきた。206号室に視線を戻すと、さっきまで部屋から薄く漏れていた光が消えている。


外出したのか?後をつけるために建物の入り口に注意を配っていたが、いつまでたっても彼女はでてこない。俺は、ハッと気づいて屋上を見上げた。

そこには儚げな人影が一つ。


俺は心の中でビンゴー!!と叫びながら、階段をかけ上がった。最上階にたどり着くと、乱れた息もそのままに、屋上に繋がる扉を勢いよく開け放った。


「待った!!ゼエゼエ、ゲホッ。」


低いフェンスの向こう側にいた佐藤さんは驚いた表情でこちらを振り返った。その足元にはきれいに揃えられた靴と茶封筒が一つ。


「えっ・・山田先輩の・・?」


「バカなマネするなっ!後悔するぞっ!」


「後悔なんてしませんよ!!私、明日が来るのが怖いんです!会社で苛められていて・・。一度女子社員同士の飲み会で、暴れてしまったみたいなんです。そしたら、あいつはヤバイやつだってことで女子の間で噂が広がって。これまで仲良かった同期の子たちも手のひら返すように。・・もうやってらんない!!」


どうやら少し飲んでいるようだ。

これでは話もなかなか通じまい。

俺はカウンターを受けることを覚悟しながら、強硬措置に出ることにした。


「ちょっと!!離して!」


「キミが死ねば俺に明日は来ないんだよ!!」


「あなた何言ってんですか!!こわいこわいこわい」



無理矢理フェンスからこちら側へ引きづりこむと、

飛び降りれないよう、首にかけていたマフラーでフェンスに手を縛りつけておいた。その間に急いでコンビニに向かい暖かいお茶とブランケットを買って来た。

段々と酔いが醒めてくると彼女も落ち着きを取り戻し

たようだ。これからは、飲み会でどんなに薦められても頑なにウーロン茶を飲み続けることをお薦めする。


その後近くの喫茶店に移り、ゆっくりと彼女の悩みを聞いた。コーヒーカップやシュガーケースをいじいじしながら懸命に話す彼女を見て、普段は本当に気の小さい子なのだろうと思った。


別れ際、彼女は


「優しくして頂いて本当にありがとうございました。・・山田先輩みたいになれればなあ。」


と言って去っていった。そういってもらって悪い気はしない。呪いを解くことと関係なく、今日彼女と出会うことができて良かったと思った。




家に帰って布団に入り今日の活躍を思い出す。

呪いと言えば大袈裟だけど、なんだ簡単じゃないか。

さようなら22日。こんにちは23日。

俺は安心して眠りについた。







「あのー。ちょっといいですかー。」


・・聞きたくなかった声がする。気のせいだろう。


「おーい。聞こえてますよねー?ねー?おーい?」


「なんでだよ!!!」


俺はガバッと起き上がり、真っ白な女に向かって叫んだ。


「うーん。なんででしょうね?へへ。」


能天気な笑顔が俺の神経を逆撫でする。


22日は終わらない。


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